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プロデューサーセッション -WE DISCUSS VANA’ DIEL-
Season2 第11回
『蝕世のエンブリオ』佐藤弥詠子&久木隆&山崎康司

『ファイナルファンタジーXI』(以下、『FFXI』)とゆかりのある人物をゲストに迎え、プロデューサーと対談を行うスペシャル企画“プロデューサーセッション -WE DISCUSS VANA’DIEL-”。 そのSeason2では、藤戸プロデューサーと『FFXI』中期~後期の開発スタッフとの対談により、各拡張データディスクや追加シナリオの制作エピソードをうかがっていく。

第11回のテーマは、『ヴァナ・ディールの星唄』のエンディングの実装から約5年後となる2020年から2023年にかけて展開した、『FFXI』の最新追加シナリオ『蝕世のエンブリオ』の物語。ヴァナ・ディールの新たなエピソードを再び紡ぐことになった佐藤弥詠子さん、久木隆さん、山崎康司さんに、その開発時のエピソードを語っていただいた。

『蝕世のエンブリオ』とは

『ヴァナ・ディールの星唄』後の新たな長編シナリオとして2020年8月6日にスタートし、2023年5月24日に完結。また、2023年7月10日には後日談が追加されている。シナリオの開始には、『ヴァナ・ディールの星唄』をコンプリートしている必要がある。

物語はあるガルカの子どもを捜すところからはじまり、その途中で冒険者は黒づくめのゴブリン族グルームファントム、“キトルルス”マンドラゴラ族のマッグビフ、ミーブル族のダッツボグの3人(匹)組に出会う。彼らは“ディスティニーデストロイヤー団”と名乗り、冒険者の行く先々で物語に関わっていくことに。そして彼らの探していた“蝕世の卵”を巡り、冒険者は徐々に世界の真実へと迫っていく……。このメインストーリーでは、ほかにもこれまで語られてきたエピソードの後日談や、NPCたちのバックストーリーなどが語られていく。

また上記のストーリーと並行して、新たなバトルコンテンツであるソーティが実装。そしてストーリー上でも重要な役割を果たすプライムウェポンが、第5の伝説武器群(※)として作成できるようになった。プライムウェポンは物語の進行中に作成することになり、物語の完結と同時に最終形へと強化ができるようになる。

※レリックウェポン、ミシックウェポン、エンピリアンウェポンといった、いわゆる最強クラスの武器群の総称。

佐藤弥詠子

『FFXI』シナリオ&イベントプランナー。ウィンダスミッションをはじめ、『プロマシアの呪縛』、『ヴァナ・ディールの星唄』、『蝕世のエンブリオ』などのシナリオを担当。『プロマシアの呪縛』のエンディング曲『Distant Worlds』の日本語原詩、『アドゥリンの魔境』のエンディング曲『Forever Today』や『ヴァナ・ディールの星唄』のエンディング曲『ヴァナ・ディールの星唄 -Rhapsodies of Vana'diel』の作詞も担当している。

久木隆

『FFXI』サービス開始時からプレイオンライン関係の仕事を担当。『FFXI』はプレイヤーとして楽しんでいたが、2011年よりプランナーとして開発に携わり、『アドゥリンの魔境』ではイベントやUIを担当。召喚獣セイレーンの実装クエストはみずから志願し、制作を手掛けた。

山崎康司

プライベートで『FFXI』をプレイしていたことからMMO(多人数同時参加型オンライン)RPGとゲーム業界に影響を受け、『FFXI』開発チームに参加。現在の『FFXI』の要となっている、フェイスのシステムをメインで手掛ける。
※山崎さんの“崎”の字は、正しくは山へんに“竒”です。

きっかけは召喚獣セイレーンの習得クエストだった

  • 『FFXI』の最終章として2015年に『ヴァナ・ディールの星唄』が制作され、その5年後に新シナリオとして『蝕世のエンブリオ』がスタートすることになります。まずは制作決定にいたるまでの経緯をお聞かせください

  • 藤戸

    『ヴァナ・ディールの星唄』が終わった後、プレイヤーの皆さんは、いわば“ストーリーに飢えている”状況でした。そんなとき、松井さん(松井聡彦氏。『FFXI』2代目プロデューサー)が年間計画を立てるにあたって、「やっぱりストーリーを作りたいね」という話を切り出したことがスタートになります。ただ、最初は松井さんも「ちょっとした日常的なエピソードを、少しずつ追加していくくらいでいいかな?」と言っていたんですよ。

  • 初期段階の想定は、現在のような長編のストーリーではなかったのですね。

  • 藤戸

    はい。でも、企画を進めていくにつれ、「単体の小さいストーリーを作っても、話として成立しにくい」とか「そういったものを追加しても印象に残らず、“こんなものがあったね”くらいで終わってしまう」というような意見が挙がってきました。そこから長編のシナリオを作るために、ほかのチームにいた佐藤さんに『FFXI』チームへ本格的に復帰してもらったという感じです。

  • 佐藤

    そのときに「こういうわけだから来てほしい」と呼んでいただいたのですが、自分としては「『FFXI』のストーリーは『ヴァナ・ディールの星唄』で終わったんじゃなかったっけ?」と(笑)。

  • じつは終わっていなかったと(笑)。

  • 佐藤

    そういえば「新たなストーリーを作ろう」となった経緯としては、久木さんが作られた召喚獣セイレーンの習得クエストもきっかけだったんですよね。

  • 久木

    はい。セイレーン習得クエストである“静かなる森”は自分が担当していました。ちなみに、本来は『アドゥリンの魔境』の展開の中で習得クエストを実装して、そのタイミングでプレイヤーが召喚できるようになるはずだったんです。でも『アドゥリンの魔境』のメインストーリーの開発に時間がかかってしまい、そこでの実装ができなくなってしまいました。ただ、セイレーンのモデルやモーション、エフェクトなどはそのときに用意されていたので、『ヴァナ・ディールの星唄』で登場させることができたわけです。

  • その時点では、まだ敵NPCとしての登場でしたね。

  • 久木

    はい。そのときに「せっかく用意されているのに、召喚獣として使えないのはもったいない」、「がんばってクエストを作って使えるようにしたい」と思ったんです。そこで自分から「セイレーンのクエストを作らせてください」と直訴して、クエストを作り始めました。通常の業務をこなしながら、その合間にセイレーンのクエストを作っていくという形でしたね。召喚獣の履行技の性能、シナリオ、カットシーンなどを、少しずつ少しずつ作っていって、実質2年くらいかけて準備し、なんとか実装することができました。

  • 新召喚獣の実装という面だけでなく、あのクエストは物語もすばらしかったです。

  • 久木

    おかげさまでプレイヤーさんからもご好評をいただけて、それが松井さんや藤戸さんにも届き、「やっぱりシナリオは必要だよね」という流れになっていったかと思います。

  • 藤戸

    それ以前も、アンバスケードを中心としてバトルコンテンツが追加されていましたが、その設定の説明はすごく小さい規模でしか語られておらず、プレイヤーの皆さんからも「もっと物語を体験したい」という要望が挙がっていました。そういった状況の中でセイレーンのクエストが実装され、プレイヤーの皆さんからも「よかった」という声が寄せられたのは大きかったですね。

自分たちのハードルを上げることだけを考えて開発していた

  • そうして開発がスタートした『蝕世のエンブリオ』ですが、どのような体制で制作を進められたのでしょうか?

  • 久木

    まずは「佐藤さんを筆頭に、自分と山崎さんも含めた3人で新しい話を作ってほしい」というオーダーがありました。そこから、まずは大筋のシナリオを佐藤さんに考えてもらいました。そして、佐藤さんから上がってきたプロットをもとに、みんなで過去の資料を引っ張り出して、「世界設定に齟齬はないか」、「辻褄は合っているか」というところを突き詰めていき、さらにプレイヤー視点で「こういう要素があると喜んでもらえそう」というところも盛り込んでいきました。その際に必要な設定は新たに作ったりもしています。

  • 今回のために作られた設定もあったのですね。

  • 久木

    ストーリーで語るかどうかはわからない部分でも、土台となる設定がないと話が浅くなってしまいます。そしてそれらをもとに、さらに詳細なプロットやNPCのセリフを作っていくわけですが、その際に“フラグをつなぐ”という作業もあります。これはゲーム内でどのNPCに話し掛けるとイベントが進んでいくのか、どこに行ってバトルをするのか、最後にどこに報告に行くと報酬がもらえるのか、といった条件を設定する作業のことで、それを自分が担当していました。その後はQA(品質管理)部のチェック用の仕様書をまとめたり、カットシーン作りの手伝いもしましたね。

  • カットシーンはおもにどなたが作られたのですか?

  • 久木

    佐藤さんと自分で分担しながら制作していました。

  • 山崎さんは「新たなストーリーを作る」と聞いたとき、どんな印象を持ちましたか?

  • 山崎

    最初は「マジで!?」といった感じでした(笑)。まず、人員的な問題ですね。お話の制作自体は佐藤さんがいれば問題ないですが、すでにチームとしては専任のデザイナーもプログラマーもおらず、新しい素材が作れないのが問題でした。ですから、いままでのリソースを活用して新しいものを生み出さなければいけないという状況だったのです。

  • 「やるのはいいけど、どうすれば?」と。

  • 久木

    しかも当初の松井さんのオーダーにあったライトな内容から、どんどんボリュームが膨らんでいきましたからね(笑)。でも実際に佐藤さんがシナリオを書き出すと、筆が走っていいシナリオを上げてくれるので、「これはもうがんばるしかないな」と思っちゃうんですよ。さらにプレイヤーの皆さんからも「やっぱりストーリーがあるといいね」という声が届いていて、そうして期待のハードルを上げたからには、もう下げられないなと。だから制作中はそのハードルを上げていくことだけを考えていましたね。

  • 山崎さんは『蝕世のエンブリオ』において、どのような部分を担当されていましたか?

  • 山崎

    僕はいわゆるリソース……ゲームに載せるデータの管理や作成をしていました。ほかには、エライジャのサブクエスト(エミネンス・レコードの目標“珍妙なモンスターを討伐せよ!”)も担当しています。あと、開発内では“試練”という隠語が使われていたのですが「あそこでアレを倒して」とか「このアイテムを持ってきて」とか、いわゆる“おつかい”と呼ばれるものの内容を、現状のゲームバランスに合わせて設定していました。「希少なロランベリーを持ってきて」とか「夢想花の花びらを持ってきて」といった内容は、自分と同じくプレイヤー出身の久木さんとも相談しながら実装していきました。

  • 久木

    こういうのはプレイヤーにとってちょっと面倒に感じるものですが、そういう面も含めて“試練”だよねと、ふたりでアイデアを出し合いました。あと、バストゥーク編の仮装コンテストでは「どういう組み合わせで、どういう評価にするか」という仕組みを山崎さんにまとめてもらって、それに基づく評価の処理については自分がスクリプトを書く、という感じで分担することもありました。

  • 山崎

    ちなみに『蝕世のエンブリオ』には、「昔を懐かしめるようなものや、過去を振り返るきっかけになるものを入れる」というコンセプトもありました。

  • 久木

    ストーリーで、3国やジュノ、各拡張データディスクのエリアを回ったのもそのためですね。

  • 山崎

    そういうコンセプトもあったので、“試練”の内容も、「3国やジュノがたくさんのプレイヤーでにぎわっていたときのような雰囲気を再現するにはどうしたらいいだろう」ということを考え、相談しながら作っていきました。

  • クエスト“クピピの受難”でロランベリーを渡してホワイトベリーをもらうところは、何度も「やり直し!」と言われてたいへんでした(笑)。

  • 山崎

    そこまできびしい設定ではないのですが、どうしても運が絡みますからね……。序盤の難易度についてはプレイヤーさんからフィードバックをいただいて、「ちょっときつかったかも……」と思い、一部に手を入れています。たとえば、サンドリア編で必要になるドールギズモ(※)はNMを倒すことで100%ドロップになる、といったところですね。

    ※ウガレピ寺院に出現するドール族のNM・Manipulatorが落とすアイテム。2021年4月のバージョンアップまでは、シーフのアビリティ“ぬすむ”でしか入手できなかった。
  • そのへんのバランスは悩ましいですね。

  • 山崎

    簡単すぎると、今度は印象に残らないんです。

  • 久木

    高いハードルを乗り越えたときのほうが、やはり記憶には残りやすいですよね。

  • 山崎

    過去を思い出してみると、「侍のジョブ取得のとき、コンシュタット高地で大行列に並んだな」みたいな出来事は大きな印象として残っているわけです。もちろん、ムダに時間を使わせたり、ストレスをかけようということではなく、“記憶に残るもの”を提供したいと考えていました。

過去の“もぎヴァナ”で語られていた設定がまさかの復活!

  • ストーリーのメインプロットについて佐藤さんにおうかがいしたいのですが、『FFXI』にはすごく長い歴史があり、これまでたくさんの強大な敵とも戦ってきました。もう「何と戦えばいいの?」という状況になっていたと思いますが、『蝕世のエンブリオ』ではそういった部分をどのように固めていったのですか?

  • 佐藤

    じつは、ラスボスは私がプロットを書く前から決まっていましたね。

  • 藤戸

    それについては、以前の“もぎたてヴァナ・ディール”で、「ゲーム内では描けなかったけれど、こういう設定がある」という話をしたことがあるんです。

  • 「渦の魔道士ガラズホレイズは復活する予定だった」という話ですね。

    スレッド: 第26回 もぎたてヴァナ・ディール
  • 藤戸

    はい。それがずっと引っかかっていたので「これを最後に据えませんか?」という話をして、それをもとに『蝕世のエンブリオ』を作っていくことになりました。そこから「ガラズホレイズが呼び出そうとしているものは何なのか?」というところを話し合い、ラスボスを決めていったわけです。

  • 番組のスライドで???となっていた存在が今回のラスボスになったと。

  • 藤戸

    そうですね。また、『FFXI』にはたくさんのお話がありますが、これまでに明かされていなかった秘密や、皆さんが気になっているであろう後日談もフォローしたいなと考えました。その一環で、昔から謎だった“ガルカの転生”の秘密も、「なんとかできませんか?」と相談させてもらいました。

  • 佐藤

    開発の序盤で、そういう話をしましたね。

  • 藤戸

    そういった提案を“種”として佐藤さんたちに預けて、そこから芽吹かせてもらったという感じです。

  • 佐藤

    ちなみにラスボスは初期から決まっていたものの、『蝕世のエンブリオ』でキーとなる“ヴァルハラ”(※)の話などは決まっていませんでした。そのへんは、「明かされていない謎を、クエスト形式で入れてほしい」というオーダーをもとに、プランナーの皆さんに「どういう話が見たいか」という意見を聞き、それらを組み合わせて作っていきました。たとえばクリルラの話などもそうですね。「アトルガン地方では、どんな話が見たい?」といったことも聞いたりしました。

    ※ヴァナ・ディールと並行して存在するとされる世界で、“冥界”とも呼ばれている。
  • 久木

    その際は、「リシュフィー(※)の話が気になる」といったように、プレイヤー視点で喜んでくれそうなものを考えて佐藤さんに伝えました。

    ※アトルガンミッションに登場する不滅隊所属の男性隊員。
  • 佐藤

    それらを組み合わせたうえで、「これまであまり語られていなかった獣人たちにスポットを当てたら……」と考えていった結果、『蝕世のエンブリオ』の大枠の物語が決まっていったわけです。

謎の多い “ガルカの転生”を語ることになったきっかけ

  • 先ほどお話のあったヴァルハラについては、どのような流れで物語に組み込まれたのでしょうか?

  • 佐藤

    藤戸さんからリクエストのあった“ガルカの転生”について語るとなると、どうしても死後の世界の話をしなければいけなかったので、「ヴァルハラの話とつなげるのがいちばんいいだろう」という結論になりました。

  • ちなみに『FFXI』の開発初期は、まだ “ガルカの転生”に関する詳細な設定はなかったのでしょうか?

  • 藤戸

    “死期が近づくとどこかに行って、いつの間にか転生して帰ってくる”という設定はありましたが、 “なぜそうなるのか”とか、“転生している最中は何をしているのか?”という設定はなかったので、そこは今回改めて時間をかけて、きっちり作ってもらうことにしました。

  • 山崎

    転生の旅の終着点の話は以前からふわっと決まっていましたが、具体的な場所は今回新しく決めた形になります。

  • ちなみに“ガルカの転生”の謎を改めて明かそうとしたきっかけは何だったのでしょう。

  • 藤戸

    ガルカは5種族の人間の中でいちばんわからないことが多い種族なんです。ミスラは南のほうに母国があって、男性のミスラがいることも語られていました。ヒューム、タルタル、エルヴァーンも、ある程度これまでの物語で種族の成り立ちが語られていると思います。でもガルカだけは本当に謎で、「もう少しスポットライトを当ててほしい」と思っていたんです。だからこそ、「深掘りするならいましかない!」と、ちょっと無理をお願いしたという流れです。

  • 確かに、プレイヤーが選択できる種族でありつつ、謎が多かったですからね。

  • 藤戸

    しかも、最初期のボスである闇の王もガルカが大きく関連しています。そこまでメインストーリーに絡んでいるのに、その背景がほとんど見えないのはどうなのだろうと思っていたので、ここで明らかにしておきたかったのです。

  • 佐藤

    結果的に既存のストーリーともうまくつながりましたね。闇の王とオーディンの関係は、もともと加藤さん(加藤正人氏。『ジラートの幻影』までのプロットを担当)が作った設定にも描かれていましたし、きれいにまとまってよかったです。

山田章博先生がイメージイラストを担当することになった経緯

  • 『蝕世のエンブリオ』のイメージイラストは山田先生(山田章博氏。『十二国記」や『ロードス島伝説」といったファンタジー系小説の挿絵などを手掛けるイラストレーター)が手がけられていますが、これはどういう経緯でオファーされたのでしょうか?

  • 山崎

    たくさんのイラストレーターさんの候補を挙げた中から、最終的に「最後のシナリオだから、松井さんの好みでお願いしたい人を決めてください」という話になって、山田先生を選んでいただきました。

  • 佐藤

    私としても、山田先生に描いてもらえてすごくうれしかったですね。

  • 物語が完結した後でこのイラストを見てみると、卵が孵化した形跡があったり、プライムウェポンが描かれていたり、物語の核心に迫る描写がけっこうありますよね。イラストを発注した時点で結末まで決まっていたのですか?

  • 久木

    プライムウェポンを新たな装備として用意するということは、最初から決まっていました。

  • 山崎

    逆に言うとそこだけで、細かいプライムウェポンの設定などはまだ決まっていなかったんです。

  • 藤戸

    装備のグラフィック自体は、ちょっと前に作ってあったんだよね。

  • 山崎

    『FFXI』チームが少人数体制になったとき、「いまある伝説武器群に続く何かが、いつか必要になるだろう」ということで用意していました。

  • 山田先生には、具体的にどのようなオーダーをしたのでしょうか?

  • 藤戸

    物語のあらすじや獣人の三面図などを資料としてお渡しし、そのうえで 「ヴァルハラの山があり、ディスティニーデストロイヤー団は必ず登場させて、冒険者がプライムウェポンを持って立ち向かう様子で、後ろにはたくさんの獣人が……」みたいな感じの発注でお願いしました。いまから思うとだいぶ無茶振りですよね(苦笑)。

Illustration: Akihiro Yamada

  • でも、完成したイラストでは見事にそれらがまとめられていますよね。

  • 藤戸

    構図には苦労されたとうかがっています。「発注の内容をどう表現するのが一番美しいか」ということをすごく考えてくださっていたようです。

  • 佐藤

    この絵を見ただけでおもしろそうに感じられるのは、本当にすごいですよね。

ゲームの進行状況が異なっていても同じ物語を体験できるように

  • 『蝕世のエンブリオ』では、蝕世の卵を巡るメインのお話以外にも、トリオンとクリルラのエピソードがあったり、クピピやスターオニオンズ団が登場したり、リシュフィーとの再会があったり、気になっていたキャラクターのその後を見ることができました。これらを作るにあたっては、過去のストーリーとの整合性を取らなければいけなかったと思いますが、苦労された点はありますか?

  • 一同

    苦労しかなかったです(苦笑)。

  • 久木

    『FFXI』には所属国という概念があり、それぞれのプレイヤーで体験しているシナリオが異なります。ですから今回のようなシナリオの場合、いかなる状況でも話がわかるようにしなければいけません。ちなみに『蝕世のエンブリオ』の立ち上げのとき、“3国すべてのミッションのクリアと、拡張ディスクのシナリオすべてをクリアした状態からスタート”という条件も考えました。ですが松井さんから「それだとちょっとハードルが高い」と言われ、最終的に『ヴァナ・ディールの星唄』のクリアが条件になっています。つまり、『ヴァナ・ディールの星唄』の条件となる進行状況は担保されているのですが、それ以外のミッションの進行状況はプレイヤーごとにバラバラであるということを前提に作らなくてはいけませんでした。

  • 佐藤

    3国ミッションでは、条件的に闇の王討伐までは皆さん終わっているはずなのですが、その先の進行状況はそれぞれ異なりますからね。

  • 所属国を変えてすべてのミッションを体験している人もいれば、最初に降り立った国ひと筋の人もいると。

  • 久木

    ですから皆さんのプレイ状況に合わせて一部のセリフを変えていて、このときはこのセリフ、こうなるとこっちのセリフ、というような分岐を佐藤さんに用意してもらいました。唯一、アトルガンのエピソードだけは、『アトルガンの秘宝』のミッションを全部クリアしていないと語れないこともあり、後から条件を追加しています。

  • とくに“語り部”の話はバストゥークミッションに深く絡んでいるので、整合性を取るのがたいへんだったのではないですか?

  • 久木

    その部分は佐藤さんにセリフを複数書いてもらって、ミッションの進行度によって変えていました。

  • 佐藤

    グンパが話の中心にいる必要がありつつ、バストゥークミッションを進めていなくても話がつながるようにしました。久木さんもフラグの管理に苦労していましたね。

  • 山崎

    サービス開始からだいぶ経っていますし、所属国の移籍もできるので、すでにバストゥークミッションをプレイ済みの方も多いとは思います。その一方で最近始めた方や、「移籍は絶対しない」というように、こだわってプレイされている方もいます。ですから、ネタバレになる部分はうまく回避して描いてもらっています。

  • 3国のエピソードといえば、トリオンとクリルラについては、これまでやきもきしていたプレイヤーも多かったと思います。

  • 佐藤

    そこは「もうくっつけちゃえ!」みたいな感じで(笑)。

  • 一同

    (笑)

  • 佐藤

    ちなみに『蝕世のエンブリオ』後にサンドリアのクエスト“ドラギーユ城の休日” (※)をプレイすると、内容に矛盾が発生する部分もあるのですが、そのフラグは気にせず、書きたいことを優先して書かせてもらいました。

    ※ドラギーユ城のNPC・ハルヴァーからのクエストで、トリオンの花嫁候補を探してくるよう頼まれる。条件にあった女性キャラクターとパーティを組んで、ハルヴァーに話しかけるとクリアとなる。
  • 久木

    そこはもう、割り切ろうと。

  • 佐藤

    ほかにもクリルラのエピソードといえば、新たなモーションを作れなかったのが残念でしたね。最後は抱きしめて終わらせたかったのですが……。

  • いえ、あのシーンはカメラの絶妙な距離や見つめ合うふたりの描写などから、その後の流れまで想像させる余地があり、多くのプレイヤーに伝わったと思います。

  • 佐藤

    よかった! ありがとうございます。

  • 久木

    佐藤さんの書くシナリオにはセリフだけではなく、ト書き(動作や状況などを補足する文章)も書いてあるんですけど、それを見て「ここのモーションはどうしよう……? どう表現しよう?」と悩みました。最終的には過去のクエストやミッションを見返して「それっぽいモーション、なかったかな……」と探していき、イメージに近いものを流用しています。あと、『蝕世のエンブリオ』では獣人がたくさん出てくるのですが、彼らのモーションはこれまであまりなかったんですよ。ゴブリン族はそれなりにあったのですが、マンドラゴラ族とミーブル族は本当に少なくて……。ですから戦闘中の特殊技のモーションを抜き出して使ったりしています。

  • 山崎

    自分がリソースを管理しているので、佐藤さんから「この技の、このモーションを使えないですか?」といった相談をすごくされましたね。

  • 佐藤

    このとき、ディスティニーデストロイヤー団の一員としてミーブル族を選んでしまったことを少し後悔しましたね(笑)。最初は「ミーブル族を入れたらおもしろそう」と思っていたんですよ。

  • 久木

    でもカットシーンを作りはじめてから、「やばい、モーションがないぞ……」と。

  • 佐藤

    シナリオについてもパズルのようにいろいろと組み合わせて作りましたが、モーションについても試行錯誤で作っていきましたね。

  • ちなみにディスティニーデストロイヤー団の3種族は、どういった経緯で決まったのでしょうか?

  • 久木

    獣人の話を描くことになった後、ゴブリン族はすぐ決まりました。

  • 山崎

    「残りはどの獣人にしようか?」という話になったとき、過去の活躍の場を洗い出していった結果、あまり活躍していなかったミーブル族が選ばれました。あと、獣人族ではないのですが、マンドラゴラ族の亜種であるキトルルスはまだバトルでしか出ていないし、見た目もおもしろいから、「今回の旅のおともに加えたらきっと楽しくなるだろう」ということで選びました。

  • 彼らが各地の卵を巡って騒ぎを起こし、そこからお話がつながっていくという流れもよかったですね。

  • 佐藤

    それは最初からほとんど決まっていました。はじめはちょっと悪役っぽく見せつつ、じつは……という流れもそうですね。

作り手のこだわりが込められたラストバトル

  • 『蝕世のエンブリオ』のラストバトルは、演出がじつに見事でした。これはどういう経緯で実装されたのでしょうか?

  • 佐藤

    舞台が冥界である“ヴァルハラ”ですから、それに合わせた人物が登場する演出があるとうれしいなと思って、プロットを作ったときに提案しました。でも、誰を登場させるか選ぶのがたいへんでしたね。本当は龍王ランペール(※)とか登場させたかった!

    ※“龍王”の二つ名を持つ、第24代サンドリア王国国王。
  • 久木

    設定として、“魂の強い人物がオーディンにスカウトされてヴァルハラに行く”ことになっているので、そこにいてもおかしくない人物を選んでいます。

  • 山崎

    ピックアップした人物はもっとたくさんいて、たしか3倍くらいありました。バトルが可能かという問題もあるので、無理そうなものは対象から消して、そこから設定なども考えながら絞っていきました。

  • 確かにランペールやリミララ(※)など、旧貨幣に描かれている偉人の戦う姿も見てみたかったですね。

    ※ウィンダス連邦の初代“星の巫女”。
  • 佐藤

    そうそう、私も見たかった。

  • 山崎

    あとは、プレイヤーとの関係性も加味して、「やっぱり知っている人のほうがいいよね」というところも考えながら選んでいきました。ちなみにあのバトルフィールドは、よく見ると背景が現世とヴァルハラで分かれているのですが、NPCはちゃんとヴァルハラ側から来て、ヴァルハラ側に帰るようになっています。そういった細かいところまで作り込んでいます。

  • せっかく皆さんの想いが詰まったバトルなので、上位バトルフィールドなどでもう一度体験したいですね。

  • 藤戸

    上位という形ではないかもしれませんが、いつかは実装したいですね。

  • 久木

    『蝕世のエンブリオ』では、ラストバトル以外もシナリオに即したバトル演出があります。たとえば、マッグビフが自分の生い立ちを知って自暴自棄になったときのバトルでは魔法をいっさい使いません。

  • “百裂拳”を使うのはそのためなんですね。

  • 久木

    本来マッグビフは赤魔道士なのですが、「自分なんかどうでもいいや」というのを表現したくて、ワーっと殴ることしかしない状態にしました。そういった感じで、モンスター側の思考などを考えながら谷口さん(谷口勝氏。プランナーとしておもにバトルコンテンツを担当)に発注していました。

  • あとは楽曲についてもお聞かせください。『蝕世のエンブリオ』では新曲が追加されていますが、なかでもタイトル画面で流れる “We Are Vana’diel”がとても印象的でした。これについて、実装経緯や意図をお聞かせください。

  • 藤戸

    これまでの慣例ですと、タイトル曲が追加されるのは拡張データディスクが発売されるタイミングでした。でも、もう拡張データディスクが出ることはありませんし、20周年を迎えるにあたって記念になる何かをしたいと思っていたので、この区切りに新しい曲を追加してもいいだろうと思って新曲の発注をしました。

  • 曲名が決定した経緯も教えてください。

  • 藤戸

    タイトルはギリギリまで悩んでいました。『プロマシアの呪縛』のときは“Unity”という曲名だったことから、ローカライズの人にも相談して“飛躍”とか“躍進”を意味するような言葉を割り当てようと思ったのですが、いまいちピンとこなかったんです。でも、代案も思いつかなかったので、それを水田さん(水田直志氏。『FFXI』の楽曲制作を担当)のところに持って行ったら、「曲名は特設サイトのタイトルにもなっている“We Are Vana’diel”がふさわしくないですか?」と言われて、「あ、そっか。そうだよな。なんでそれに気づかなかったんだろう?」と。そういう感じで、曲名は水田さんからのひと言で決まりました。

それぞれがお気に入りの『蝕世のエンブリオ』のエピソード

  • 『蝕世のエンブリオ』で描かれたエピソードの中で、皆さんがいちばん気に入っているもの、もしくは印象に残っているものをひとつずつ教えてください。

  • 佐藤

    いっぱいありますが、ミュモル(※)の“汚部屋”ですね。制作中に「これは無理かも。間に合わないかも」と思ったのですが、ミュモルの話はどうしても入れたかったので、渡邉さん(渡邉伊織氏。プランナーとしてゲーム内のさまざまなプログラムを担当)に相談して“汚部屋”を作ってもらいました。私たちだけでは、あのカットシーンは間に合いませんでしたね。

    ※“あますず祭り”のヒロインショーに登場するヒューム族の女性。

  • ミュモルの部屋着がミスカバブシャツ(ミスラ風山の幸串焼が描かれたTシャツ)だったのもおもしろかったです(笑)。

  • 佐藤

    いくつか候補がありましたが、「これは串焼だろう」と私が選びました(笑)。とにかく作っていて楽しかったですね。

  • 久木さんはいかがですか?

  • 久木

    自分としては「もう一度リシュフィーを出してあげたい」という気持ちがありました。『アトルガンの秘宝』のミッションにおける最期では彼に救いがないですからね。ちなみに初期段階のシナリオでは、“リシュフィーはガラズホレイズ側に使われていて、悪者のまま終わる”という展開だったんです。ただ、せっかく再登場したのにこの展開だと後味が悪いので、いろいろとお願いして現在の形にまとまりました。アミナフ(※)と会う場面は自分がカットシーンを担当したのですが、作っていて「ああ、よかったな」と思いましたね。

    ※アトルガンミッションに登場する不滅隊所属の女性隊員。
  • 佐藤

    当初は救われない感じで終わっていたのですが、まさに久木さんが救ってくれました。

  • 山崎さんにもお聞きします。

  • 山崎

    やはり序盤とラストバトルですかね。ひとつに絞れていないのですが……(笑)。序盤は3国のそれぞれの日常の延長のようなエピソードを見ることができて、「やっぱり、まだまだヴァナ・ディールは生きている。自分たちはまだここにいてもいいんだな」という空気が感じられたところが好きです。ラストバトルでは、二度と会えないだろうと思っていたキャラクターたちが参戦してくれて、“自分のためにもう一度会いに来てくれた”というところがやっぱり熱いなと。

作るだけではなく技術を残すことの大切さ

  • 『蝕世のエンブリオ』ではこれまでと比べて、限られた人的リソースによるご苦労が多かったと想像します。とくにたいへんだった点はどういったところでしょうか?

  • 山崎

    やはり、ラストバトルのために新しいバトルフィールドを作るところがたいへんでした。20年以上もアップデートを続けてきた巨大なゲームだと、本来は望ましくないことなのですが、どうしても属人的な部分ができてしまい、人が抜けると同時に技術も失われていくのです。ですから、今回「新しいバトルフィールドを作ろう」という話になったときも、ノウハウがいっさいなかったので、「何から始めればいいの?」というところからスタートし、必要なものを調べながらひとつずつ階段を登っていきました。

  • 藤戸

    『FFXI』の開発では、“その人がいればできることが、その人が抜けてしまうとできなくなる”という部分が数多くありました。モーションに苦労したのもそのためです。

  • 何もかもが初めて尽くしのプロジェクトですから、“残す”ことまではなかなか手が回らなかったのでしょうね。

  • 山崎

    それらの教訓というわけではないですが、現在は制作と並行して資料をたくさん作っています。

  • 最後に、『蝕世のエンブリオ』が完結したことに対する想いや、制作を振り返っての感想などをお聞かせください。

  • 佐藤

    「これが最後なのだろうか……?」と。

  • 一同

    (笑)

  • 藤戸

    また“最後”が来るかも(笑)。

  • 佐藤

    何かあったら、ぜひ呼んでください。それまではほかのところで修業しているので。でも、まだネタはありますかね? 今回でけっこういろいろと語りましたから。ボスもいろいろなものと戦いましたし。あとはミスラの本国の話などでしょうか。

  • ウランマフランのその後も気になりますね。

  • 佐藤

    それがありました! 今回余裕があれば入れたかったのですが……。いつかまた、25周年あたりのタイミングでお願いします(笑)。

  • 久木

    振り返ると、やはりこのメンバーだったからやり切れたのかなと思います。『蝕世のエンブリオ』を立ち上げて1~2カ月後くらいにコロナ禍になり、リモートで仕事をするようになりましたが、長年一緒に仕事をしてきたメンバーだったからこそ、環境が大きく変わっても支障はほとんどありませんでした。「佐藤さんや山崎さんにこれを依頼すれば、期待以上のクオリティで上がってくる」という信頼関係があったからこそ、最後まで走れたのだと思います。あと、リリースしたものをプレイヤーの皆さんに遊んでいただいて、フィードバックをいただけるのがいちばんのやり甲斐で、「よし、つぎにつなげていこう」と思えました。それもがんばれた要因でしたね。

  • 山崎

    振り返ってみると「あっという間だったな」という感じですね。それこそ久木さんが言っていたように、このメンバーだからやり切れたと思います。後日談も入り、プレイヤーさんにご用意した報酬もちゃんとお渡しすることができ、リソースを担当している僕としては最後まで走り切れてひと安心しています。

  • もうすべて出し切ったと。

  • 山崎

    出し切りました。僕が用意しておいたものは、隠し玉もすべて出し尽くしたので、自分の責任は果たすことができたかなと。あとは、最後までお話を見てくれたプレイヤーの皆さんには感謝しかないです。長らくお付き合いいただき、ありがとうございました。そして、またお会いしましょう。『蝕世のエンブリオ』は結末を迎えましたが、ヴァナ・ディールは生き続けていますから。

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