松井プロデューサーが、『ファイナルファンタジーXI』(以下、『FFXI』)とゆかりのある人物と対談を行うスペシャル企画“プロデューサーセッション -WE DISCUSS VANA’DIEL-”。第9回の対談相手は、スクウェア・エニックス 代表取締役社長の松田洋祐さん。今回のパート3では、いよいよ発売となった『FFXI』を松田社長がどのように見つめ、関わっていったのかを語っていただいた。
スクウェア・エニックス 代表取締役社長。公認会計士としてのキャリアを持ち、1998年にスクウェア(当時)に入社した後は、おもに同社の会計や財務などの業務を担当。その後、2013年にスクウェア・エニックスおよびスクウェア・エニックス・ホールディングスの代表取締役社長に就任。
ネットバブルの時代に発表された『FFXI』とプレイオンライン
それでは、対談のメインテーマである『FFXI』の話に移りたいと思います。『FFXI』はナンバリング作品かつ、『FF』シリーズ初のMMO(多人数同時参加型オンライン)RPGとして鳴り物入りで登場しましたが、当時の松田社長はどのように見られていましたか?
- 松田
そのころの私はスクウェアから一時的に離れていて、公認会計士の業界に戻っていました。ですので、『FFXI』の発表自体は日本経済新聞の紙面を見て知りました。武市さん(武市智行氏。元スクウェア社長)、坂口さん(坂口博信氏。『FF』シリーズの生みの親のひとり)、鈴木さん(鈴木 尚氏。スクウェア元社長)ら勢揃いで、『FFIX』、『FFX』、そして『FFXI』を一挙に発表するというサプライズで。とくに『FFXI』に関しては、“プレイオンライン構想”と合わせて、相当なインパクトがありました。
“プレイオンライン構想”はゲームのみならず、エイベックスの楽曲や集英社のマンガ、デジキューブのネット通販といった、多方面のコンテンツを同一プラットフォーム上で配信するという計画で、結果として実現できなかったものも多いですが、まさに画期的な発表でした。
- 松田
当時はゲーム業界の時価総額が1兆円を超えていて、世界的にもネットバブルの絶頂期でした。そういったこともあり、プレイオンライン構想自体に対しては、「スクウェアがこういった方向に進むのはアリかも」と感じたのを覚えています。後日、当時は社内のほとんどの開発ラインを、発表した3タイトル……つまり『FFIX』、『FFX』、『FFXI』に集約させていた、という話を聞いたときは驚きましたが(笑)。確か、河津さん(河津秋敏氏。『サガ』シリーズの生みの親)のチーム以外は全投入だったんでしたっけ?
- 松井
河津さんのチームはワンダースワン(※)向けにタイトルを展開することが決まっていたので、そちらに注力していました。それ以外の社内の主力チームは、ほぼすべてが『FF』シリーズの新作開発に関わっていたと記憶しています。
※1999年にバンダイ(当時)が発売した携帯ゲーム機。 - 松田
当時は海外で『EverQuest(エバークエスト)』(※)が盛り上がっていて、それに坂口さんや田中さん(田中弘道氏。『FFXI』の初代プロデューサー)たちが軒並みハマって、「スクウェアでも絶対にMMORPGを作るべき!」という流れだったみたいですね。
※『EverQuest(エバークエスト)』は、1999年に米国でサービスを開始した海外産のMMORPG。 - 松井
そうですね。日本ではまだどこもやっていないことを、あのタイミングで、しかもあれだけの開発規模を投入するという判断は、いま振り返っても本当にすごいなと思います。
PlayStation 2でリリースできたことも、とても大きいですよね。
- 松田
あのころは久夛良木さん(久夛良木 健氏。当時のソニー・コンピュータエンタテインメント代表取締役社長)が「あらゆるプラットフォームがネットワークの中で溶けていく」と宣言するなど、インターネット方面にものすごく注力していたんです。それならば、ということでスクウェアとしても、その流れに乗った形だろうと思います。
時代的には、ちょうどADSLによる常時接続が普及し始めるころです。
- 松田
でも現実的には、PlayStation 2本体だけではインターネットに接続できず、『FFXI』を遊ぶためには“PlayStation BB Unit”を追加購入する必要があるなど、お客様にとってはハードルが非常に高くなってしまいました。
その後、Windows PCにも対応するようになりました。
- 松田
『FF』のナンバリングタイトルですから、世界展開のことを考えてPC版も並行して制作していました。諸事情で、先にPS2版を出すことになりましたが、1年ちょっとでPC版も無事リリースできました。
Windows PC版の映像の美しさには驚いたのを思い出します。『ジラートの幻影』が出た当時の一般的なPCスペックでは、『FFXI』を高解像度モード(1024×768ピクセル)で満足に動かすのは難しかった。
- 松井
とくにグラフィックボードのスペックがまったく追いついてなくて……。PCメーカーさんと相談しても、「そもそもこれってPCで動くの?」と言われるような有様でしたね。ですので、『FFXI』が快適に動くかどうかを診断するためのオフィシャルベンチマークソフトとして、『Vana'diel Bench』を開発しました。これは好評をいただきましたが、その背景には当時の『FFXI』が要求するスペックの高さも多分にあったかと思います。
注目度の高さゆえに発売直後は大混乱
『FFXI』発売直後の混乱についても、改めて当時を振り返っていただけますか。
- 松田
『FFXI』のサービス開始直後、お客様からのアクセスが殺到したことで、ゲームにログインできない状況となってしまいました。
ゲーム側ということではなく、決済システムのほうがパンクしてしまったそうですね。
- 松田
そうですね。『FFXI』は『FF』シリーズのナンバリング作かつ、日本における大規模オンラインゲームの先駆けで、しかも家庭用ゲーム機に向けたタイトルです。そのため、これが初めてのオンラインゲームだというお客様が本当に多かった。そういった注目度の高さの裏にあったリスクが、あの大混乱で顕在化しました。全国紙の新聞に謝罪広告を出すなど、しばらく対応に追われていました。
- 松井
開発チームも非常に忙しかった時期ですが、あのときばかりは「開発チームのほうが穏やかだったのかもしれない」と思えるほどでした。