松井プロデューサーが『ファイナルファンタジーXI』(以下、『FFXI』)とゆかりのある人物と対談を行うスペシャル企画“プロデューサーセッション -WE DISCUSS VANA’DIEL-”。第2回の対談相手は、『ドラゴンクエストX オンライン』(以下、『DQXオンライン』)初代プロデューサーであり、『FFXI』プレイヤーのひとりでもある齊藤陽介さん。今回のパート2でも『FFXI』での思い出などをうかがっていく。
スクウェア・エニックス取締役兼執行役員。『NieR(ニーア)』シリーズやアイドルグループ“GEMS COMPANY(ジェムズ カンパニー)”ほか、さまざまなプロジェクトを手掛けている。『DQXオンライン』では、開発初期からプロデューサーを務め、2018年に勇退。現在(2021年)はプラチナゲームズが開発する『BABYLON'S FALL(バビロンズフォール)』をプロデュースしている。
『FFXI』を超えるドキドキ感はもう味わえないかもしれない
『FFXI』がサービスを開始した2002年の時点で、齊藤さんは『MaildeQuest(メールでクエスト)~虹色の夜~』(※)や『クロスゲート』(※)を手掛けられていましたが、いずれもオンラインタイトルですよね。オンラインに注目したのはなぜだったのでしょうか?
※『MaildeQuest(メールでクエスト)~虹色の夜~』は、2001年7月にサービスを開始したRPG。Webブラウザでキャラクターに指示を出すと、その結果がメールで届けられるというオンラインタイトルだった。2002年に『みんなdeクエスト』にタイトルが変更され、以降シナリオ拡張やプラットフォームの変更を経て、2017年3月にサービス終了となった。
※『クロスゲート』は、2001年7月にサービスを開始したMMO(多人数同時参加型オンライン)RPG。日本国内だけでなく、台湾や韓国、中国でも展開され、台湾と中国では2021年現在もサービス中。- 齊藤
当時、サルのように遊んでいたのが『Diablo(ディアブロ)』(以下、『ディアブロ』。※)なんですよ。『Ultima Online(ウルティマ オンライン)』(※)もやりましたが、圧倒的にのめり込んだのは『ディアブロ』でした。通信料の完全定額サービスなどない時代ですから、恐ろしいほどの通信(電話)料金が実家に請求される事態になってしまいました(苦笑)。
※『Diablo(ディアブロ)』は、アメリカのゲーム会社Blizzard Entertainmentから発売されたハックアンドスラッシュタイプのアクションRPG。MORPGの先駆け的なタイトル。
※『Ultima Online(ウルティマ オンライン)』は、1997年にサービスが開始された、MMORPGの草分け的なタイトルとなる。 - 松井
自分も同じような経験が(笑)。『ディアブロ』は1作目ですか?
- 齊藤
1作目ですね。自分で初めて買った新品のPCはMacだったのですが、べつにデザインをやりたかったわけではなく、『ディアブロ』を遊びたかっただけという。それで、当時『ディアブロ』を売っているお店がぜんぜんなくて、別業界のオタク仲間から「あの店に売っていたぞ」と聞いて、怪しい輸入ゲームショップに買いに行った記憶があります。
- 松井
代理店が入って、国内で“ちゃんとした”英語版が手に入るようになったのは、しばらく経ってからでしたよね。
- 齊藤
そうですね。私が買ったのは個人輸入のお店だったと思います。
- 松井
そうして『ディアブロ』に衝撃を受けて、自分でもオンラインゲームを作ってみようと思ったのですか?
- 齊藤
はい。エニックス(当時)はもともとPCゲームから始まったメーカーですが、そのころにはPCゲームの部署もなくなっていましたし、ビジネスのスキームもなかった。マーケット的にもオンラインゲームはちょっと早かったということもあって、ハードルはけっこう高かったですね。
- 松井
相当ご苦労されたでしょう。
- 齊藤
たいへんでしたが、私自身がやりたいことだったので、あまり苦ではなかったです。『クロスゲート』はもうサービス開始から20年くらい経っていて、いろいろ形式も変わり、現在(2021年)は中国と台湾でのみの運営ですが、IPとしてはいまでもこうしてしっかりと残っています。『クロスゲート』を作ってよかったのは、当時遊んでいた若い子たちがいまは中国のゲーム会社でまあまあ偉い位置にいて、「齊藤先生のゲームをプレイしていました」と言ってくれます。もしかしたら、私は日本より中国でのほうが知名度が高いかもしれないですね(笑)。
当時、日本のオンラインゲーム市場はまだまだこれからという状況で、ならば海外に売りに行こうというのもなかなかの実行力ではないかと。
- 齊藤
いまとは違い、当時オンラインゲームをプレイするにはたくさんの障壁がありました。まず、PCのゲームなので、お客さんにPCゲーム売り場に足を運んでもらうという恐ろしい壁が最初にあります。当時からすぐれたPCゲームはたくさんありましたが、PCゲーム=成人ゲームみたいな認識の人も少なくなかったんです。さらに、通信環境もいまほど整っていなかった。
そんな状況の中、2002年に『FFXI』が出るわけですが、齊藤さんの目にはどのように映りましたか?
- 齊藤
とにかく楽しかったです。全滅することすら、です。
開発者として、ジェラシーのようなものはありましたか?
- 齊藤
それはめちゃめちゃありましたね。単純にこれを作ることがすごいなと思いました。20年近く経って、いまのトレンドとは合わないのかもしれないけど、世界は広いし、街も広いし、“そこに人がいる感”というのがちゃんと表現できている。そして、世界観と音楽も合っている。そこに人がいるから楽しいというのは当たり前なのですが、ゲーム自体がちょっとハードモードなところも含めて、私はすばらしいと思いました。ハードだったからこそ、いまも記憶に残っているという気がしますしね。
- 松井
そう言っていただけると、いち開発者としてとてもうれしいです。
- 齊藤
まず人を集めるために朝早く起き、昼すぎに集まって「よし行くぞ!」と意気込んだのはいいものの、狩り場に着いてほどなくして全滅。助けを呼んだけど、すごいトレインを引き連れてきて、その人も同じ場所で戦闘不能。経験値稼ぎのつもりがむしろマイナスみたいな、そういうのすらも楽しかったんですよね。
- 松井
僕らもべつにハードモードにしたかったわけではないんです。運営の計画時に、「1ジョブで6カ月(※)くらいもたせて」という指令があったんですね。そこで、1週間の標準的なプレイ時間として土日にがっつり遊んで14時間くらい、コアプレイヤーで40時間くらいと想定しました。本当にコアなプレイヤーは週40時間どころではないでしょうけど、それでも標準的なプレイヤーとコアプレイヤーで3倍近く差がありますよね。それを6カ月で設定すると、標準的なプレイヤーが1ジョブをカンストさせるのに1年半かかる計算になります。「これだけやっても、経験値バーが1ミリも伸びてないじゃん!」みたいな調整から少しずつ緩和していって、「これくらいにしないとプレイヤーがついてこられないですよ!」とけっこう甘くしたつもりであれなのです(苦笑)。
※サービス開始時に、1ジョブの育成期間の目安が3カ月という方針に改められた。 - 齊藤
当時はデスペナルティ(戦闘不能時の経験値ロスト)がきびしいと言われていましたが、比較するものもなかったし、オンラインゲームに限らず、いまのゲームと比べれば昔のゲームはキツいものもたくさんありますよね。それを考えれば、私はそんなに違和感はありませんでした。もちろん、レベル上げはたいへんでしたが、楽しいからいいよねと。
某NPCのセリフではありませんが、本当にイヤならやめていますよね。
- 齊藤
ただ、HNM(ハイレベルノートリアスモンスター)のポップ(出現)待ちだけは常軌を逸していましたね(笑)。あれだけは私とは違う世界だなと思って見ていました。でも、プレイヤーが選択できるエンドコンテンツのひとつとしてはありだと思うし、ライバルに競り勝ってHNMを狩ることに喜びを感じる人もいるでしょうから、そういったものも用意しないといけなかったんだろうなと考えています。私はHNMに手を出すと社会人人生が終わるかもしれないと思ったので、距離を置いていましたが(笑)。
さすがの齊藤さんも、HNMには手を出さなかったと(笑)。
- 松井
僕も作っている立場ながら、「これは僕ができるものじゃないな」って思っていました(苦笑)。仕事が終わって家に帰り、寝るまでのあいだにちょっと遊ぶというようなプレイスタイルだときびしいですよね。
HNMは出現時間の幅がけっこう広いですからね。
- 松井
あれも試行錯誤の結果でした。ランダムの幅を大きくしすぎると狙って戦えないし、狭すぎると特定のグループだけが狩り続ける状況になります。ある程度の幅の中で、誰にでもチャンスがある間隔があれくらいかなという感じで設定したのだと思います。
いわゆる地上HNMの上位と呼ばれたKing Behemothなどの出現間隔(※)は絶妙でしたよね。
※実装当時のKing Behemothは、前回倒されてから地球時間で72時間以降にBehemothとの抽選で出現する仕様だった。なお、Behemoth自体は倒されてから21時間〜24時間後に出現。これと同様の仕様のHNMにFafnir/ Nidhogg、Adamantoise/ Aspidocheloneがいる。- 齊藤
クフィム島にいるとき、「そろそろKing Behemothが湧くらしいぞ」という情報が入ってくると、冷やかしで見に行ったりするんですよ。そうすると、まわりはもう死屍累々になっていて……。それを見るのも楽しかったです(笑)。
King Behemothが使うメテオは、その効果対象が戦闘権の有無に関係なかったので、やじうまごと焼き払うんですよね(笑)。
- 齊藤
そうそう。見学どころじゃないっていう。
齊藤さんの開発者目線で、『FFXI』のゲームシステムや運営ですぐれていると感じたところや、逆にここはちょっとよくないと思ったところはありますか?
- 齊藤
当時遊んでいて、ここはよくないと思ったところはそれほどないですね。私はパーティを組むための待ち時間ですらあの世界での暮らしの一部と感じられたし、納得できる側の人でした。でも、限られた時間で遊んでいる人にとっては、オートマッチングのようなものを使って、もうちょっとカジュアルに遊べたほうがよかったのかな? と思わなくはないです。
- 松井
いまの『FFXI』はカジュアルに遊べる部分にも力を入れていますが、昔はパーティありきという部分の比重が大きすぎたのかもしれませんね。
- 齊藤
あと、最近のゲームには、『FFXI』にあったような、新しいエリアに行くドキドキ感が少なくなってきたなと感じています。『FFXI』には、「ちょっとこれは強すぎるのではないか、難しすぎるのではないか」と批判されそうな難度のものが多々あって、昨今のゲームバランスの常識では許されないかもしれません。でも、それがあったからこそのドキドキ感で、そのバランスは絶妙だなと思いながら遊んでいました。ああ、これはあまり開発者としての視点ではないですね。いちプレイヤーとして本当に楽しかったので、ついそういった話になってしまいます(笑)。
- 松井
いえいえ、ありがとうございます(笑)。そのドキドキ感とは、イフリートの釜とか、そういったエリアですか?
- 齊藤
あそこはめちゃくちゃ怖かったですよね。魔法を使った瞬間、どこからかボムが飛んでくるので、インビジやスニークを唱えるのも命懸けで。アイテムをケチらなければいいだけなんですけど(笑)。
- 松井
ソロで絡まれたら、ほぼほぼ助からないですもんね。
- 齊藤
あと、獣使いでも遊んでいたので、ワイバーンのNMが徘徊しているエリアを覚えているなあ。
- 松井
クフタルの洞門のことでしょうか。Guivreが散歩しているんですよね。
- 齊藤
それそれ。クフタルの洞門で狩り場を探しているとズシズシと足音が聞こえてきて、壁際にビシッと張り付いて「俺のほうに来るなよ……」と震えたり、誰かが絡まれていたら、その隙に通り抜けたりしてね。
- 松井
レベル上げ中にけっこう襲われていましたね。
- 齊藤
レベル上げパーティが倒せるわけがないので、ただ蹂躙されるのみという(笑)。
Guivreはギミックとしておもしろかったと思いますが、キャンピングによるレベル上げが基本のゲームなのに、定点で落ち着いてレベル上げができないとか、いまだと批判されかねないですよね(笑)。
- 齊藤
そうですね。そういう背景もあって、『FFXI』を超えるドキドキ感はもう味わえないかもしれません。
- 松井
その要因はデスペナルティだと思いますか?
- 齊藤
そうしたシステム的な要素だけでなく、世界の雰囲気や音楽、いろいろな要素の組み合わせのような気がします。
- 松井
経験値ロストに怯えるドキドキだけではなくて、冒険のワクワク感も含めたドキドキ感ということなんですね。
- 齊藤
「レベル1でジュノまで行く」みたいな遊びもあったと思いますが、世界のことを何も知らない状態でそれはかなりキツいですよね。でも、レベルが上がるとともに自由に行動できる範囲が広がり、プレイヤーとしての知識も増え、レベルが低かったときの怖さも緩和されていくと、「レベル1でジュノまで行く」ということが遊びとして成立します。そういったキャラクターとプレイヤーの成長の中で、乗り越えられる怖さがあるというのも、その世界で生きているという感じがしました。
『FFXI』は来年(2022年5月)で20周年を迎えますが、運営がこれだけ長く続いている要因は何だと思いますか?
- 齊藤
松井さんたち開発チームががんばっているからだと思います。オンラインゲームを作っている側からすると、その世界にひとりでもプレイヤーが残っている限りは運営を続けたいと思うわけです。でも、赤字を出しながらの運営では商売として許されないし、誰も幸せになりません。『FFXI』は、収支の部分である程度目処がつきつつ、継続できるバランスが取れていて、とても幸せなゲームだなと思いますし、そのためにスタッフがどれだけ努力しているのかと考えると、すごいなと思います。
- 松井
残っている開発スタッフの功績も半分くらいありますが、半分は最初のころに作り込んだスタッフたちがすごかったのだと思います。20年経っても戦えるグラフィックを作ってくれて、本当にありがたいです。さすがに、「いまのゲームとは比べないで!」となりますけど。
MMORPGは制作に3〜4年かかると言われている中で、『FFXI』はその半分くらいの開発期間なんですよね。それでこのクオリティーを出せたのは本当にすごいと思います。
- 松井
いまだと3Dモデルを作るコストがものすごく高くなっていますよね。ライティングなどもすごい細かく調整できますし。逆に言うと、それくらいしないと“AAA(※)”のタイトルとしてはきびしいという状況にもなっています。そう考えると、『FFXI』が作られた時期はちょうどよかったのかもしれません。3Dモデルも、プレイステーション(以下、PS)のときはちょっとカクカクしたブロックっぽい感じがあったけど、PS2ではPSのときよりポリゴン数も出せるし、テクスチャーももう少し描き込めるようになりました。そのテクスチャーで、うまく陰影をつけて立体感を表現できる技術を持った人がいる時代に『FFXI』を作れたというのは大きいと思っています。いまどきのゲームの3Dモデルと比べるとポリゴン数は圧倒的に少ないのに、キャラクターの“実在感”みたいなものは遜色ないですよね。
※トリプルエーと読む。明確な定義があるわけではないが、莫大な開発費(人、技術)を投じて作られたゲームのこと。超大作。 当然、古さを感じる部分はありますけど、『FFXI』のグラフィックは素敵だと思います。
- 松井
デザイナーたちにしてみれば、まだまだクオリティーは上げられたと思うのですが、画面になるべくたくさんのキャラクターを出したいというこちらの要求もあって、1体あたりのポリゴン数やテクスチャーの容量は限られていました。“ギリギリまで容量を減らしつつ、クオリティーも担保する”という難題をクリアしてくれたデザイナーたちは本当にすごかったんだなあと、いまになってしみじみと思います。