松井プロデューサーが『ファイナルファンタジーXI』(以下、『FFXI』)とゆかりのある人物と対談を行うスペシャル企画“プロデューサーセッション -WE DISCUSS VANA’DIEL-”。第4回の対談相手は、カプコンのオンラインアクションRPG『ドラゴンズドグマ オンライン』(以下、『DDON』)のプロデューサーである松川美苗さん。今回のパート2では、松川さんが『FFXI』から受けた影響や、『FFXI』の好きなポイントについて語っていただいたほか、プレイ前に表示される“あのメッセージ”のヒミツが明らかに!
カプコン所属のプロデューサー。グランシス半島と呼ばれる広大な世界を舞台としたオープンワールドアクション『ドラゴンズドグマ』に高レベル向けの大規模追加コンテンツ“黒呪島”を収録した『ドラゴンズドグマ:ダークアリズン』や、オンラインアクションRPG『ドラゴンズドグマ オンライン』のプロデュースを担当。
『FFXI』は私の夢を作ってくれた作品
松川さんがお仕事をするうえで、『FFXI』から影響を受けたことがありましたらお聞かせください。
- 松川
私が『FFXI』を遊んでいたころというと、カプコンでは『モンスターハンター』でマルチマッチングBB(※)対応のゲームを提供し始めたくらいだったと思います。私自身、オンラインゲームが大好きだったので、いつか自分でも作ってみたいという夢を抱いていて、30代半ばのときに友だちから「将来どんなゲーム作りたいの?」と聞かれたら、「オンラインゲームを作りたいな。やっぱり楽しいからさ」と答えていました。それが巡り巡って、『DDON』でプロデューサーを担当させていただくことになりました。その10年来の友だちがふと「夢が叶ってよかったですね」と言ってくれた瞬間、自分の夢と現実がつながったのだと感じましたね。『FFXI』から影響を受けたというよりは、『FFXI』は私の夢を作ってくださった作品です。
※当時、KDDIが提供していたオンライン対戦用のネットワークシステム。2001年6月に電話回線対応の“マルチマッチング”、2003年9月にブロードバンド回線対応の“マルチマッチングBB”が開始され、プレイステーション2の『モンスターハンター』シリーズなどが対応していた。 松川さんはプロデューサーという立場でお仕事をされていますが、プロデューサーの視点から『FFXI』を見たとき、どのように映りましたか?
- 松川
末席ながらゲーム業界にいる人間としては、開発・運営がたいへんそうだなと感じていました。ちょっと遊んでみればものすごい物量だということがわかりますし、全世界に向けて24時間サーバーを動かし続けるというのは相当な苦労なのだろうと。当時の私の視点では、あまりにも大きすぎる世界でした。ですが、たいへんだろうなとは思いつつも、楽しいヴァナ・ディールライフを過ごせたのは本当にありがたいです。
- 松井
楽しんでいただけたのなら、こちらの苦労も報われますね。
- 松川
松井さんにとっていちばん苦労されたのはどんなところですか?
- 松井
いろいろと苦労しましたけれど、最初のうちはやはりゲームバランスでしょうか。それと、ローンチの時点では作ろうと思っていたものが半分も作れていない状況でしたし、実装したものはすごい勢いで消費されていくので、作らなければいけないものがどんどん溜まっていきました。そうして、ずっとプレイヤーに追いかけられながらも、プレイヤーより1歩でも前に出て走り続けないといけない、という感覚で作業をしていたのがたいへんでしたね。
- 松川
初期は何人くらいのチームで開発していたのですか?
- 松井
チーム全体だと200人を超えていましたが、バトル関係は僕を含めて3人のチームでした。僕がアイテムやモンスターの中身のデータを作り、ひとりがモンスターの挙動や配置を担当。もうひとりがグラフィックリソースまわりの管理をしてくれていて、『プロマシアの呪縛』の開発が終わるまではその3人で動いていました。
- 松川
それはすごいですね!! バトルのスタッフはもっとたくさんいらっしゃると思っていました。
- 松井
『プロマシアの呪縛』の開発が終わった後にチームの再編があり、何人かがサポートとして入ってくれたので、だいぶ楽になりました。それまでは全部自分でデータを作らなければいけなかったので、なかなかたいへんでしたね。
バトル以外のチームは、どのような感じだったのでしょうか?
- 松井
プランナーは20人くらいいたかな? プログラマーもデザイナーもけっこう大所帯だったと思います。ほかにもサーバー関係のスタッフと、プレイステーション2版を作るスタッフ、Windows版やXbox 360版の移植スタッフがそれぞれいて、さらに全世界同時にサービスを提供していたので、ローカライズのスタッフもかなりの人数がいました。当時の自分は開発の一員でしたから、すべては把握できていませんが、GMなどの運営チームやサーバー管理の人たちもそれなりの人数がいたでしょうね。さらに、宣伝や広報、営業などのチームもありましたし、全員が『FFXI』の専属ではないものの、関係する人数は300~400人くらいになっていたと思います。それくらい大きなプロジェクトでした。
- 松川
当時、国内のゲーム業界でその規模のプロジェクトは『FFXI』くらいだったのではないでしょうか。その時代は100人くらいのチーム編成で大きいと言われるほどでしたので。
- 松井
QAスタッフ(※)も入れればもっとすごい人数になりますね。
※さまざまなチェックによりゲームの品質保証を担当するスタッフ。QAはQuality Assuranceの略。 - 松川
QAもたいへんですよね。
- 松井
QAはテストサーバーで作業をするのですが、デバッグコマンド(※)の中にはワールド全体に効果が波及するものもあります。それで、倒せないモンスターがいるという報告がQAから上がってきたことがありました。「誰かが無敵コマンドを切り忘れただけだよね?」と思ったのですが、「万が一、無敵のモンスターが公開のワールドに出てしまうと大問題なので、原因を突き止めて」と言われて、泣きながら調べたことを思い出しました。
※テストサーバーで動作検証を行うために用意されている、開発関係者向けのコマンド。時間や天候を変更したり、ターゲットしたモンスターを排除するなど、さまざまな特殊操作が行える。 - 松川
それは恐怖ですね……。
ジョブシステムがとにかくすばらしかった
松川さんが『FFXI』のシステムや運営ですぐれていると思ったところはどこですか?
- 松川
なんといっても、オンラインゲーム黎明期のタイミングにこれだけ遊びやすいオンラインゲームを出せたことがすごいですよね。当然それだけではなくて、深いやり込み要素や大きな達成感をともなうコンテンツもすぐれた部分なのですが、いちばんすごいと思ったのは、私たちが子どものころから遊んできた『FF』シリーズというIP(知的財産)を、“ジョブ”という要素に集約しているところです。その結果、レベル上げも含めて、夢を持ってバトルができるという形に仕上げたのはすごいなと。“『FF』シリーズならではの設定”という歴史と、オンラインゲームとしての要素がいっしょになっている。その遊びやすさも含めて、日本人が『FFXI』を好きになるのは当たり前だし、同様に世界中の人たちも夢中になるよね、という要素がたくさん詰め込まれている点がすぐれていると感じました。
確かに、『FFXI』における“ジョブ”は、『FF』シリーズの根底にあるものを表現しつつ、プレイヤーのヴァナ・ディールライフにもっとも深く関わっている要素と言ってもいいですね。
- 松川
あとは、サポートジョブのシステムが秀逸ですね。レベル75が上限の当時は、メインジョブとは異なるジョブに触れるいい機会になっていたし、私も「戦士を37まで上げる日が来たか」などと思いながらレベル上げをしていました。ほかには、シーフをメインジョブにするつもりはないけれど、“トレハン(※)”はあると便利だな、とか。そして結果的にほかのジョブのおもしろさや苦労を知ったり、いろいろなジョブの知識を深めることができました。実際に遊んでみてそのジョブがおもしろいと思ったら、そのままレベルを上げてもいいですし。そこがすごく上手に設計されていて、『FFXI』のいちばん好きなところです。
※トレジャーハンターの略。シーフがレベル15になると得られるジョブ特性で、戦利品を見つける確率がアップする。
シーフはトレハンの特性が得られるレベル15まで育てる人が多くいましたね。
- 松井
“とんずら”を覚えるレベル25まで上げる人もよく見ましたね。そういったサポートジョブで使えるジョブアビリティやジョブ特性は、意識して設計した部分です。そのサポートジョブ自体は「いろいろなジョブを上げたくなるようなシステムがあれば、たくさん遊んでもらえるよね」という意図で、石井さん(石井浩一氏。『FFXI』初代ディレクター)が発案したものでした。
- 松川
それが刺さった人間がここにいますよ(笑)。「前衛は苦手なんだけれどなあ」などと言いながらもレベルを上げていましたからね。サポートジョブは本当にすばらしいシステムだと思います。
- 松井
一方で、プレイヤーの皆さんは開発側の想定以上にサポートジョブを使いこなしているので、調整もたいへんでした。
- 松川
ほかにも運営でいいと思ったのは、“ヴァナ★フェス”などのイベントを積極的に行ってくれたことです。私は仕事の都合もあってあまり参加できませんでしたが、オーケストラコンサートなども開催していてすごいですよね。ファンとリアルでつながれるイベントは楽しいし、私も当時に戻れるなら参加したいです。
近年ではKADOKAWA主催のイベントや、“電撃の旅団(※)”主催のイベントも行われていますね。
※『電撃PlayStation』の編集者&ライター陣で構成された『FFXI』攻略班。- 松川
『FFXI』のイベントの話ではないのですが、毎年東京ゲームショウが終わった後に、仲のいいフレンドたちとオフ会をしていたんですよ。ゲーム業界の方ではない、一般の友だちですが、東京ゲームショウに合わせて上京してくるので、「せっかくだからオフ会をしようよ」と。みんなで「どのジョブを上げる?」とか「つぎは何を倒す?」とか、リアルで話すのがすごく楽しかったのを覚えています。
- 松井
ひとりの冒険者として、一般の方とのコミュニケーションも楽しまれていたのですね。
- 松川
はい。ふつうに一般プレイヤーとして(笑)。オフ会をしていたフレンドたちは私がカプコンの社員だと知っていましたが、ふだん遊んでいる人たちの中にはそれを知らない人もたくさんいましたよ。開発が忙しいときなどは、「あの人、突然ログインしなくなるね」とか言われていたかもしれないですね。
ゲーム開始前の“プレイヤーの皆さんへ”に込められた意図
- 松川
それにしても、『FFXI』の影響を受けた人は本当にたくさんいると思います。私はいい影響をいっぱいいただいて『FFXI』には感謝しているのですが、ハマりすぎちゃってヴァナ・ディールの住人になっちゃった人もいますよね。
プレイ前に表示される“プレイヤーの皆さんへ”というメッセージが身に沁みます。そういえば、あれは『FFXI』独特の注意喚起ですよね。
- 松井
あれは田中さん(田中弘道氏。『FFXI』初代プロデューサー)が考えたのだと思います。じつは我々が『FFXI』を作っているときも、参考にしていたゲームの世界の住人になってしまい、会社に来なくなった人がいました。ゲーム内で「会議だけでも出て」とお願いしたり……(苦笑)。
あれは自分たちの経験から生まれた文章だったのですね……。
- 松川
すごい真実を知ってしまいました(笑)。
- 松井
MMO(多人数同時参加型オンライン)RPGが“ヤバイ(=熱中の度合がすさまじい)”というのは、体験すればわかります。とはいえ、プレイ時間を制限するような仕組みを入れるのも違うと思ったので、そこはうまく自制しながら遊んでほしいなと。そういう意味では、あのメッセージを置くくらいしかできることがなかったのではないでしょうか。我々開発する側としては、24時間ハマってしまうようなゲームを作るほうがお客様に対する正しい姿勢なのだろうと考えているので。
- 松川
すごいなあ。その話を聞いて思い出したのですが、『FFXI』をがっつりプレイしていた当時の私の部屋は、ベッドの前にテレビがあったんですよ。そんなプレイ環境で、土曜日は寝る前に聖地ジ・タを抜けてトゥー・リアでログアウトし、日曜日の朝8時にはトゥー・リアを走り回っていました。そこから、お昼に1時間くらいの休憩を挟んで、夜まで何かを狩り、その後はミッションを進めるというのが当時の私の休日だったんです。朝、家族が「またゲームしてる」と言って出掛けていきます。そして夜に帰ってきて、「まだ……ゲームしてる……」と。朝の状態を切り取ったかのように、まったく同じ場所でゲームをしていたことに「ゾッとした」と言っていました(笑)。
- 一同
(笑)。
- 松川
それが異様だということに気付かないくらい、ふつうにそこに座っていたんですよね。オンラインゲームは怖いですよね(苦笑)。ですから、“プレイヤーの皆さんへ”というメッセージを書いてくれてありがとうございますと、先ほどの話をうかがいながら思っていました。
あれは、いまでも毎回表示されますからね。節度あるプレイをしましょうと(笑)。
- 松川
そうは言われても、「今日は『FFXI』をやるぞ!」という日は、前日にありったけの食料と飲み物を買い込んで万全の体制にしていましたし、あとは水分を摂りすぎないようにしてトイレの回数を減らそうとか、コントローラーを握りながらポテトチップスは食べにくいなあとか、みんなそんなことを考えながら遊んでいたと思いますよ!