2024年5月16日にサービス開始から22周年を迎えた『ファイナルファンタジーXI』(以下、『FFXI』)。“WE ARE VANA’DIEL”では、『FFXI』のプロジェクトに携わったさまざまな開発者や関係者の言葉をインタビューとしてまとめてきたが、今回はスペシャル企画として、『FFXI』の楽曲を手掛けた植松伸夫さん、谷岡久美さん、水田直志さんの3名が一堂に会しての貴重なインタビューをお届けする。
この3名に改めて『FFXI』の楽曲が生まれた経緯をうかがうとともに、それぞれのゲーム音楽への想いについても聞いていく。この前編では、プロジェクト開始時の回想、そして植松さんが作曲した曲の数々についてうかがった。
スクウェア(当時)で『ファイナルファンタジー』シリーズ、『魔界塔士Sa・Ga』、『半熟英雄』などの楽曲を手掛け、2004年に独立。近年では、世界各国でのオーケストラコンサートの制作総指揮に加え、ソロやバンドによる演奏活動も精力的に行っている。
『FFXI』初期の楽曲を植松氏、水田氏とともに担当。最初の大ボスである“闇の王”とのバトルで流れる『Awakening』や、哀愁漂うフィールド曲『Gustaberg』などを手掛ける。その後は『ファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル』の音楽を担当し、2010年にフリーに。現在もさまざまなゲーム音楽のほか、ピアノ演奏やライブ活動で活躍の場を広げている。
スクウェア・エニックスのコンポーザー。初期から現在にいたるまで『FFXI』の楽曲のほとんどを手掛ける。『FFXI』以外では『ファイナルファンタジーXIII-2』、『ファイナルファンタジーXV エピソード プロンプト』、『ストレンジャー オブ パラダイス ファイナルファンタジー オリジン』などのプロジェクトに参加。
精神的にも肉体的にもしんどかった時期に生まれた『Ronfaure』
『FFXI』は『FF』シリーズ初のオンラインRPGですが、この企画を最初に聞いたときの率直な感想をお聞かせください。
- 植松
当時、僕らはまだオンラインゲームを本格的に遊んだことがなかったので、「これまでのゲームとは何が違うのかな?」という漠然とした感覚でした。ですから、特別に“オンラインゲームだからこうしよう”という意識はあまりなかったと思います。
植松さんが具体的に『FFXI』の話を聞かれたのはいつごろでしょうか。
- 植松
いつだったかな……? たぶん『FFIX』の開発でハワイにいるころに立ち上がった企画だったかと思います。当時は『FFX』の作業もあったうえに、『FFXI』もほぼ同時に進行しなければならず、「それはもう無理!」と言って、『FFX』と『FFXI』をそれぞれ3人体制にしてもらいました。
なるほど。そこで『FFXI』では谷岡さんと水田さんが抜擢されたわけですね。
- 谷岡
その経緯はいま初めて知りました(笑)。私はある日、いきなり会議室に呼ばれて、そこに植松さんと水田さんと松下さん(松下謙介氏。当時のサウンドマネージャー)が並んで座っていたんです。そして「やりますか?」とだけ聞かれたんですよ。
ずいぶんと情報が少ないですね(笑)。
- 谷岡
「何をですか?」と聞いてもはぐらかされてしまうので、「……やりますけど?」と答えたら、「じゃあ、そこに座って。『FFXI』だよ」という流れでした。そのときはオンラインゲームであることよりも、「『FF』……? え、ちょっと待って。私が『FF』!?」という感じで、プレッシャーしかなかったですね。
ということは、水田さんは谷岡さんよりもひと足先に植松さんと作業を進めていたのでしょうか?
- 水田
はい。でも、植松さんとふたりで作業したのは本当に最初の1カ月くらいだったかと思います。
- 植松
うん。ふたりだけで作業したのは、それほど長い期間ではなかったね。
- 谷岡
そうだったんですね。てっきりおふたりで先に進めていて、いよいよ実務に入るというタイミングで私が助っ人で呼ばれたものだと思っていました。
- 植松
ちなみに、なぜこのふたりを呼んだのかというと、スクウェア(当時)のサウンドチームにいるみんなには、何かしらの『FF』シリーズに関わらせてあげたかったんです。『FF』シリーズに関わればキャリアとして有利になるだろうし、名前も外に出る。これは僕の親心のようなものに近いのかな(笑)。
- 谷岡&水田
ありがたいお話です。
- 植松
もちろん、ひとりで『FFX』と『FFXI』を全部作曲するのは無理だった、という理由がもっとも大きかったんだけど(苦笑)。
そうして3人体制になった後は、どのように担当分けをされたのでしょうか?
- 谷岡
最初の会議が終わった後、発注された曲のリストを見ながら「誰がどれを担当する?」という話になりました。そして、どんどん担当が決まっていったのですが、ふたりともラスボス(闇の王)の曲を避けていて、けっきょく最後まで残ってしまったんです。一般的にRPGのラスボス曲というのは、ほとんどのプレイヤーがせいぜい数回しか聴かないのにもかかわらず、どの曲よりも最大火力で作らないといけないので、ぜんぜん割に合わないんです。
- 植松
そう! 本当に割に合わないんだよね。何度もくり返し聴いてもらえる通常のバトル曲がいちばんいいですよ(笑)。
- 谷岡
結果として私が担当することになったのですが、私はそのときまで王道のラスボス曲というものを書いたことがなかったんです。いきなり『FF』で、しかもラスボス曲という状況に「ちょ……ちょっと待ってください……」という感じでした。
その他の楽曲の分担は、それぞれが希望を出して決めていったのでしょうか?
- 谷岡
はい。ラスボス曲以外は「この曲やりまーす」という感じで、すぐに決まっていきました。
- 植松
『FFX』のときは、「浜渦(※1)、これやって!」、「仲野(※2)、これやって!」という感じで僕が振り分けていた気がしますが、『FFXI』ではそういうことをした覚えがないですね。
※1……浜渦正志氏。『FFX』のほか、『FFXIII』の楽曲などを担当。
※2……仲野順也氏。植松氏とともに『FFX』の楽曲を担当。 たとえば、『FFXI』の飛空艇搭乗時の曲『Airship』は植松さんが作曲されていますが、「飛空艇は『FF』シリーズにとって象徴的な存在だから、植松さんに担当してもらおう」というような話し合いはなかったのでしょうか?
- 谷岡
担当を決めるときは、“ゲーム内で、どの曲がどういう感じで流されるか”といったことがまだはっきりとはわかっておらず、「いくつかの国があって、フィールドがあって、バトルがあって、飛空艇があって、港があって、いろいろな場所を行き来する」というような、ふんわりした情報の中での発注でした。ですから、なんとなく「これは植松さんの担当ですかね?」という会話もあったかもしれませんが、はっきりとは覚えていないですね……。
- 水田
僕が覚えているのは、廊下のはじっこのちょっと開けたところで、3人でリストを見ながら立ち話をしましたよね。
- 谷岡
立ち話でしたっけ? そういえばそうだったかも(笑)。
- 水田
国が3つあるという話で、ちょうど3人でしたから、まずは国の担当を決めましょうと。それで植松さんがサンドリアを担当し、僕がウィンダス、谷岡さんがバストゥークを……という流れだった気がします。確かに、最後まで決まらなかったのがラスボスの曲でしたね。
- 谷岡
この縁がなければ、私がラストバトルの曲を書くことはしばらくなかったと思います。
『FFXI』はMMO(多人数同時参加型オンライン)RPGであり、従来のスタンドアローンのRPGと比べると、世界の広さもゲームプレイの時間も大きく異なります。そういった点は作曲するうえで意識されたのでしょうか? たとえば、「曲のループは長めにしよう」というような話し合いはあったのでしょうか?
- 植松
冒頭でもお話ししましたが、“オンラインゲームだから”という意識はなかったように思います。言い換えれば、オンラインゲーム自体がまだまだわからないもので、「こうあるべき」という形もなかったんですね。ですから、3人ともそれまでと同じような感覚で作り始めたと思います。
- 谷岡
確か、水田さんだけは当時からオンラインゲームをプレイしていて、いろいろと教えてもらった記憶があります。
- 水田
あれは、プロジェクトのメンバーから「参考になるから遊んでおいて」と言われたからですね。
- 谷岡
そうだったんだ! いろいろと詳しかったので、もともとオンラインゲームが好きなのかと思っていました。
- 水田
おそらく会社の意図としては、まず植松さんには“植松さんならでは”の楽曲を作ってもらい、それを『FFXI』のBGMの大黒柱にしたいという狙いがあったかと思います。その一方で、当時まだ実績の浅い僕に対しては、MMORPGというものがどういったものなのかを理解したうえで、それに合わせた楽曲を作ってほしかったのかもしれません。
なるほど。ただ、とくに意識されていなかったとはいえ、植松さんの手掛けられた『Ronfaure』は、1ループするのに4分を超えます。そういうところは、てっきりMMORPGのゲーム性を意識されて作ったのだろうと思っていました。
- 植松
“長い曲を作る快感”のようなものが、『FFVII』のあたりからだんだんと芽生え始めていて、その流れかと思います。ファミコンのころはソフトの容量が少なかったため、長い曲はあまり作れず、それこそワンコーラスが20秒や30秒の曲がいっぱいありました。でも、だんだんとソフトの容量が増え、データの作りかたや圧縮のテクノロジーも進化して、『FFVII』ではワンコーラスが7分を超える曲もあります。
曲の長さに制限があると、表現の幅にもダイレクトに影響しますよね。
- 植松
短い曲がダメなわけではないですけど、「長さは気にせず好きに作っていいよ」と言われるほうが楽しいですよね(笑)。ただ個人的には、このころは3つのプロジェクトが重なっていて、しんどくてしょうがなかったんです。
『FFXI』の音楽ポータルサイトにも、そういった趣旨のコメントを寄せられていましたね。そんな中で『Ronfaure』が生まれ、「自分は自分らしく生きればいいのだ」と感じたと。
- 植松
クリエイターなら理解してくれると思いますが、「前よりもいいものを作ろう」と思って一生懸命がんばっても、いい作品がポンポンとできることはありません。それで肩に力が入ってしまうと、何曲作ってもダメなんです。作業時間も無限ではありませんから、けっきょくはいつもと同じようなアプローチに行き着くこともあります。そうやってでき上がったのが『Ronfaure』なのですが、「自分にはこの路線しかないな」と開き直るとともに、「これでいいんだ」とも思いました。そういう意味で『Ronfaure』は、「自分を無理に変える必要はない」ということを再確認できた曲だったのかもしれません。
なんでも英語で歌わせようとする流れに抵抗したかった
ここからは、さらに個々の楽曲についてうかがいます。『FFXI』の世界設定において重要な詩である『石の記憶』は、植松さんによって『Memoro de la Ŝtono』となり、本作を象徴する曲のひとつとなりました。この曲が生まれた背景について教えてください。
- 植松
確か、エスペラント語(※)で歌っていたんだよね。
※母語が異なっても意思伝達を可能にするための国際補助語として考案され、1887年に発表された人工言語。 言語は植松さんが選ばれたというお話でしたが、どういった経緯でエスペラント語にしたのでしょうか?
- 植松
あれはね……当時のスクウェアでは、ボーカル入りの楽曲をすぐ英語の歌詞にしようとする流れがあったんです。僕はそれがすごくイヤで、「日本人が作っているのに、なぜ日本人の母語ではない言葉で歌わせなきゃいけないんだ」と思っていました。ですから『FFVIII』のオープニングムービーでは、「だったら日本人だけでなく、アメリカ人が聴いても、イギリス人が聴いても、フランス人が聴いてもわからないようにしよう」と思って、ラテン語の歌詞にしたんです。これなら世界規模で平等だろうと。
植松さんの密かな抵抗だったと。
- 植松
抵抗でしたね(笑)。そして、その後の『FFIX』と『FFX』では日本語の歌詞を採用できたのですが、『FFXI』ではまた日本語以外の歌詞にすることになったんです。そこで、「ラテン語は『FFVIII』でやったから、ラテン語よりもわかる人が少なそうな言語にしよう」と思いついて、エスペラント語を選んだ記憶があります。
結果的には、さまざまな国の人が集う『FFXI』にとっては、ぴったりの言語だったと言えるかもしれません。
- 谷岡
私は「どの国の言葉でもない言語にしたい」という意向は知っていましたが、植松さんがそんなに言語に対するこだわりがあったとは思っていませんでした。
- 水田
最近だと、海外の人にとっても日本語のほうがクールだったりしますよね。
- 植松
うん。だからいまでも、絶対日本語のほうがいいと思っています。
『FFXI』の『Prelude』はシリーズの中でも異端?
つぎに『FFXI』の『Prelude』についてうかがいます。この曲は前半こそ従来のシリーズの『プレリュード』と同じコード進行ですが、1ループ後はC→Ab→Bb→Gbとコードが変わり、非常にドラマチックな展開を見せます。ここまで大胆なアレンジが施された『プレリュード』は、シリーズでも唯一ではないでしょうか。
- 植松
う~ん。単純に飽きていたんじゃないかな?
- 一同
(笑)
- 植松
あとは、以前に崎元(崎元仁氏。『FF』シリーズでは『FFXII』などの楽曲を手掛けた作曲家)がアレンジした『プレリュード』を聞いて「『プレリュード』は転調するのもアリだな。いつか自分でもやろう」と思ったことがあって、その印象が残っていたのかもしれません。
おふたりは『FFXI』の『Prelude』を聴いてみていかがでしたか?
- 谷岡
スターオニオンズ(※)のライブなどでは、実際に私もこの『Prelude』をピアノで弾いたのですが、転調することで抑揚をつけられたので、「すごく情感が出るな……」と思ったのを覚えています。
※水田直志氏を中心に結成された『FFXI』の楽曲を演奏するバンド。アルバム『THE STAR ONIONS』の発売のほか、さまざまな『FFXI』のイベントでライブを行った。 - 水田
この『Prelude』に関係した話ではないのですが、『FF』シリーズを担当するようになると、シリーズおなじみの『プレリュード』をモチーフにして作曲する機会が多くなります。先ほど植松さんは「飽きた」とおっしゃっていましたが、僕はまだその境地には達していませんね。ちなみに、自分なりのチャレンジとしては、オリジナルの旋律を1音も変えずに、コードをリハモ(※)するというアプローチを取ったこともあります。自分自身でもおもしろく、聴いた人にも新鮮さを与えられるようなアレンジを目指していますね。
※リハーモナイゼーションの略。もとのコードを別のものに置き換えたり、新たなコードを付け加えたりすることで、コード進行を再構築していくアレンジ手法。
なるほど。“ドレミソ”のアルペジオは変えずに、ということですね。
- 水田
Cから入ると同じような進行になってしまうので、別のとこから入ってみたり、いろいろなリハモをすることで、タイトルごとのイメージを持たせてみたりもしています。
- 植松
“ドレミソ”だから、Fから始めてもいいし、Fm(マイナー)からもいけるね。
- 谷岡
祖堅くん(祖堅正慶氏。『FFXIV』サウンドディレクター)が『FFXIV』の『天より降りし力』という曲で『プレリュード』の旋律をモチーフにしていたのですが、なんとマイナーアレンジだったんですよ。それを聴いたときも「あ、マイナーもいいんだ」と感じました。ちなみに、私には“『プレリュード』=平和の象徴”というイメージがあります。『FF』には戦闘などの殺伐とした場面もありますが、『プレリュード』が流れてくる場面は、平穏な世界を感じられますね。
※編注:Fmから始まる場合、『Prelude』(Cメジャースケール)のアルペジオではいくつかの音がテンションノートの関係になってしまうが、ハーモナイズ次第でいかようにも成立させられる。その一例として、Fmから始まるパターンを水田氏に作成いただいたので参考にしてほしい。
作曲:植松伸夫、編曲:水田直志
シンセサイザーとローズへの特別な思い
『FFXI』の楽曲はどちらかというと牧歌的な曲調や、重厚な雰囲気の楽曲が多い中、『Sometime, Somewhere』はコミカルなマリンバのフレーズで始まり、植松さんのユーモラスな一面が色濃く反映された名曲だと思います。こちらについても、制作時の思い出がありましたら教えてください。
- 植松
こういう曲を聴くと、無理にオーケストラっぽい曲を作っていたのを思い出しますね。思い起こせば、『FFVI』あたりからゲーム音楽はなんでもかんでもオーケストラにしようという風潮があったと思います。オーケストラアレンジ(オーケストレーション)はかなり専門性が高い領域なので、僕はゲーム音楽を作りながらいろいろと勉強させてもらっていました。その過程でマリンバやピッチカート(※)といったオーケストラでよく使われる音色を使っていたのだと思います。でも、『FFXI』あたりの時期を境に、オーケストラには興味をなくしていきました。やっぱり、自分はシンセサイザーで曲を作る形がいいなと。
※弦楽器を指で弾いて弾く奏法。 このコミカルな楽曲の背景に、そのような葛藤があったとは……。ちょっと想定外のお答えでした。一方で、植松さんのシンセサイザーに対する思いというものは、シンセサウンドバリバリの『FANTASIAN』(※)の楽曲を聴いていても感じます。
※『FF』の生みの親である坂口博信氏率いるミストウォーカーが制作したRPG。2021年にApple Arcadeにて配信開始。2024年12月5日に家庭用ゲーム機およびPC(Steam)に対応した『FANTASIAN Neo Dimension』が発売。- 植松
つらい思いをしてまでオーケストラに取り組むのは、もうやめようと思いました。それよりも、シンセサイザーを使って作りたい音楽がまだいっぱいあるのだから、人生の残された時間はそっちに費やそうと。そういった意識の変遷があったのも、『FFXI』あたりの時期なんです。
ゲーム機の進化もありますが、電子楽器による生楽器のシミュレーションもどんどんクオリティが上がっていく中で、ゲーム音楽がオーケストラに染まっていくのは必然という感じでしょうか。
- 植松
そうですね。当時といえば、多くの人がゲーム音楽にオーケストラを求めていた時代でもありました。もちろんゲーム音楽として、『ドラゴンクエスト』シリーズなどのオーケストラ楽曲に価値があるのは間違いありません。ですから『FF』もそれに乗じていましたし、ほかのゲームメーカーの作曲家も、そのブームに乗じてオーケストラの曲を作ろうとしていました。その原因はいろいろなところにありますが、ひとつの理由として、日本人には“オーケストラはすごく高尚なもの”だと考えている人が多いと思うのです。だから僕もそうですが、ゲーム音楽がオーケストラで演奏されると、それだけで価値が上がったように感じてしまう。
確かに。そういった側面はあると思います。
- 植松
ですから僕も『FF』の音楽がオーケストラで演奏されるとすごくうれしかったし、「どうだ!」と誇らしい時期もありました。でもやがて、「何か違うな……」と思い始めたんです。オーケストラで演奏したからといって、その楽曲の価値が上がるわけではないですし、いつまで経ってもゲーム音楽がオーケストラばかりを目指すようでは、このまま進んでも新しいブレイクスルーを起こすことはないだろうなと感じていました。
落合陽一さんとの対談企画でもそのようなことをおっしゃっていましたね。
- 植松
ですから、オーケストラのゲーム音楽がある一方で、アナログシンセサイザー1台でゲーム音楽を作る人がいてもいいだろうと考え、いまにいたります。
つぎに『Sorrow』という曲についてうかがいます。これはローズ(※)系のエレクトリックピアノが主体の楽曲で、『FFVIII』の『Fisherman's Horizon』という、これもまたローズの名曲を思い出しました。植松さんにとってローズはどのような位置付けにある楽器なのでしょうか?
※ローズ・ピアノ。エレクトリックピアノの一種。マイルス・デイヴィス、チックコリア、スティーヴィー・ワンダー等、著名なミュージシャンが愛用した。ビートルズの最後のライブ“ルーフトップ・コンサート”で、サポートメンバーのビリー・プレストンが演奏していたことでも有名。
- 植松
ローズには思い入れがありますね。88鍵式のローズ・スーツケース・ピアノを大学生のころに買ったんですよ。当時84万円くらいだったかな?
大学生で84万円ですか!?
- 植松
ローンで買ったんです。さすがに大学生にとって84万円というのは大金で、「いや、でも高いよな……」とローズのまわりをうろうろしていたんですけど、当時付き合っていた彼女、つまりのちの嫁さんに「買っちゃえばなんとかなるよ!」と言われて、それで腹を括って買った覚えがありますよ。そのローズは、いまだに自分の仕事部屋に鎮座しています。
奥様が背中を押してくれたと(笑)。
- 植松
君たちは覚悟がいるような楽器を買ったことはあるかい?
- 谷岡
……そこまでのものはないですね。
- 水田
僕もないです。ビンテージやアコースティック楽器はなかなか買えないですよ。
- 植松
高価だからね~。
- 水田
僕からすると、高価な楽器の代わりにパソコンを買う、というのはありますね。
- 植松
時代だなぁ。そうか、パソコンか~。
- 水田
一時期、ローズが欲しくなって楽器屋さんに見に行ったことはありますよ。……買えませんでしたが(笑)。
- 植松
思い切って買ってしまえば、楽器(音色)の選択肢としてもすごく特別なものになりますよ。「ローズに活躍の場を」という想いは、いまでもつねに自分の中にありますから。なにより、ローズの音はやさしいんです。柔らかいし、あったかいし、包み込む感じがする。そんなところがいまでも好きですね。
- 谷岡
いまでもその84万円のローズを使われているのですか?
- 植松
残念ながら、もう何十年も壊れたままで、いまは音が出ないんです。「いつか直そう、いつか直そう」と思っていたら、65歳になっちゃったよ。
ここで話題になったのを機に、修理を検討されてみてはいかがでしょう? 思い入れのあるローズが息を吹き返したら、植松さんにまた新しい着想をもたらせてくれるかもしれません。
- 植松
そうだねぇ。ただ、あのローズは全体の重量が120キロくらいあって、大学生のときのバンドでステージに運ぶときは、4人がかりだったんです。運び出すのに手伝ってもらわないといけないな(笑)。