プロデューサーセッション -WE DISCUSS VANA’DIEL-
第4回 松川 美苗 パート1

松井プロデューサーが『ファイナルファンタジーXI』(以下、『FFXI』)とゆかりのある人物と対談を行うスペシャル企画“プロデューサーセッション -WE DISCUSS VANA’DIEL-”。第4回の対談相手は、カプコンのオンラインアクションRPG『ドラゴンズドグマ オンライン』(以下、『DDON』)のプロデューサーである松川美苗さん。かねてからさまざまな場所で“『FFXI』愛”を語ってきた松川さんが、満を持してその熱い想いを計4回のセッションにて語る!

※本セッションはリモートにて実施しました。

松川 美苗

カプコン所属のプロデューサー。グランシス半島と呼ばれる広大な世界を舞台としたオープンワールドアクション『ドラゴンズドグマ』に高レベル向けの大規模追加コンテンツ“黒呪島”を収録した『ドラゴンズドグマ:ダークアリズン』や、オンラインアクションRPG『ドラゴンズドグマ オンライン』のプロデュースを担当。

『ドラゴンズドグマ オンライン』

「『FFXI』ヤバい!」と言って会社に来なくなる人が!

  • 松井

    じつは以前から、雑誌のアンケート企画で松川さんが好きなゲームに『FFXI』を挙げていただいたのを覚えていまして。そこでぜひお話をうかがいたいと、今回お声掛けさせていただきました。

  • 松川

    光栄です。いつも取材や対談はそこまできっちりとした回答を事前に用意することはないのですが、『FFXI』は本当に好きなタイトルなので、綿密に準備をしてきました(笑)。社内の現役『FFXI』プレイヤーにも、「この回答、おかしいところはない?」と聞いて回ったりしながら、直前までお話しする内容を調整していたんです。

  • 松井

    そこまで気合を入れて来られたとは! 本日はよろしくお願いします。それではまず、松川さんのご来歴からお聞きしていいですか。

  • 松川

    カプコンに入社する前は、任天堂の“マリオクラブ(※)”でデバッグをしたり、商社で働いたりしていまして、2002年にカプコンに中途で入社しました。カプコンに入った当初は、アシスタントプロデューサーとしてプロデューサーの皆さんのサポートをしていました。プロデューサーとしてプロジェクトに関わるようになったのはPlayStation Portableローンチ時のタイトルからで、まずは『ヴァンパイア クロニクル ザ カオス タワー』を担当して、その後『逆転裁判』シリーズやニンテンドーDSの『ワンタメ ミュージックチャンネル』、『ラストランカー』などの担当を経て、『ドラゴンズドグマ』に関わることになります。

    ※当時の正式名称はスーパーマリオクラブ。任天堂社内の品質管理(QA)部門で、同社のゲームソフトのデバッグやモニターなどを担当。2009年に分社化されている。
  • ということは、松川さんが『FFXI』のプレイを始めたのは、すでにカプコンに入社された後なんですね。

  • 松川

    私がプレイを始めたのは、おそらくサービス開始から1年後の2003年くらいですね。ウィンダス生まれ、タルタルの男の子の冒険者でした。『ジラートの幻影』がリリースされて、ヴァナ・ディールがとても賑わっていたころだと思います。ゲーム業界の人はみんな素直なので、おもしろいゲームにはメーカー関係なく飛びつくんですよね。社内でも、まわりの先輩が「『FFXI』ヤバい!」、「『FFXI』おもしろい!」と言って、朝に出社して来なくなったり……。話を聞いてみると、「昨日『FFXI』のミッションがさあ……」とか言うわけですよ。「何がミッションですかー! 会議お願いします!」とそのときは思っていましたが、いざ自分でプレイしてみると、それはもう楽しくて。睡眠時間を削ってヴァナ・ディールに住むようになっていきました。

  • 松井

    電話にはぜんぜん出ないけど、ヴァナ・ディールの中だと連絡が取れる、といった話はよく聞きましたね(笑)。

  • 松川

    じつは私はそれがイヤで、“プライベートなゲームまで会社の人と遊びたくない!”派でした。だから、ほぼ社内の人にはワールドを明かさずに遊んでいたんです。

  • 松井

    わかります。僕も会社の人たちが「とあるワールドに集まろう」と言っているのを耳にして、あえて違うワールドを選びました(苦笑)。

  • 松川

    ご自身が関わられているゲームですと、余計にそうなりますよね。

  • 松井

    ゲーム内でもバトルに関してあれこれ言われそうですからね……。

  • 松川

    それは困ってしまいますね。結果的に、私は大勢の中に紛れたひとりのプレイヤーでよかったと心から思っています(笑)。

  • では、基本的にはプライベートな形で遊ばれていたんですね。

  • 松川

    スタート時は会社の仲のいい先輩のお世話になりました。「ログインしたら連絡ちょうだい」と言われていたのですが、初めてウィンダスに降り立ったときは、まず街の大きさに驚きましたし、先輩に連絡を取るにもどうやったらいいのかわからなくて……。一所懸命マニュアルを読んで、ようやく“Tell(1対1の会話)”の方法がわかって、先輩にログインした旨を伝えたら、「どこ? 何区?」と手慣れた感じで返ってくるわけです。私は右も左もわかりませんから、「ん? 何区とは?」みたいなやり取りが続いた後、先輩が「いまの戦闘が終わったらそっちに向かうから、15分そこから動かないで」と。なんで15分も待たないといけないの!? とそのときは思ったのですが、おそらく先輩は用事を済ませた後にテレポでメアの岩に飛び、そこからチョコボを駆ってウィンダスまで来てくれたのだろうということが後になってわかりました。それがヴァナ・ディールに生まれて降り立った日の、最初のオンラインコミュニケーションです。無事に出会えた後、リンクパールを渡してくれたので、そのLS(リンクシェル)で仲間を作りながら遊んでいました。

  • 松井

    15分という時間が当時の状況を感じられていいですね。みんな不慣れで、MMO(多人数同時参加型オンライン)RPGが初めてという人も多かった時期ならではのエピソードではないかと。

  • 松川

    オフラインのRPGだったら街から街までひとっ飛びだったりしますが、移動すらも冒険だと思える『FFXI』だからこその感覚ですよね。後になって“この人が何をしてくれたのか”がわかるのもいいところで、会いに来てくれたその先輩は白魔道士のAF(アーティファクト)を着ていて、なんかカッコイイと思った1日目の夜でした。

1回のレイズでヴァナ・ディールでの生きかたが決まった

  • 新米冒険者としてヴァナ・ディールに降り立ってからは、どういうプレイスタイルで遊んでいたのでしょうか?

  • 松川

    会社から夜遅くに帰宅して、深夜の1時から3時あたりにログインしていました。クロウラーを狩ったり、マンドラゴラをしばいたり、たまにゴブリンに襲われたり、ヤグードを突っ突いて痛い目に遭い、泣いてみたり……。そんなサルタバルタでの冒険で、戦いのきびしさを覚えました。そのときはまだ、どのジョブに本腰を入れるか決めておらず、「とりあえず、戦士で剣でも振ってこい」とみんなに言われるまま戦士で遊んでいたのですが、そんな中“とてつよ”に襲われて戦闘不能になってしまったのです。その場に倒れ、「経験値ロストはイヤだなあ」と思っていたら、遠くからチョコボに乗った人がやって来て、わざわざチョコボから降りてレイズをかけてくれたんですよ。それで私が「ありがとうございます」と“Say”で言ったら、その人が「よい冒険を!」と返してくださいました。その瞬間に私は『FFXI』というゲームに“落ちて”しまい、「私もレイズする! 戦士やめる!」とLSのメンバーに伝え、その日から白魔道士と赤魔道士を上げ始めました。というのが、確かプレイを始めて3日目くらいの出来事です。

  • 道すがら助けてもらうというのは、オンラインゲームならではの体験ですよね。

  • 松川

    ものすごく感動しました。

  • 松井

    僕はさっさとホームポイントに戻ってしまうタイプなので、そういった経験がないのですが、やはり“辻レイズ”(※)は本当にあるんですね(笑)。

    ※通りすがりの冒険者にかけてもらうレイズの俗称。レイズ以外にも、辻ケアル、辻プロテスといった類語が存在する。“辻”には路上や道端という意味があり、辻斬り、辻講釈といった熟語から派生したと言われている。
  • 松川

    あります!! 辻レイズ!! タルタルは倒れている姿もかわいいんです。だから、いろいろ配慮いただいたり、助けてもらえたりするのかなと。いっぱい助けたし、いっぱい助けられた……『FFXI』はそういう世界です。大好きです。

  • 白魔道士で歩いていて、フィールドで倒れている人を見かけたら、ほっとけないという人も多そうですよね。

  • 松川

    人を助けたくて白魔道士や赤魔道士を選んだ人も多いのではないでしょうか。一方、アタッカー役で活躍したい人は、当時は“横だま(※)”全盛期だったので、こぞってシーフのレベルを上げ始めていたのを覚えています。

    ※盾役と対峙する敵の視界外(基本的に横)に立ち、かつ自身の視界に盾役と敵が入っていると、不意打ちとだまし討ち両方の条件を満たせることを利用した攻撃方法。2003年12月16日に不意打ちの仕様が変更され、以降は使えなくなっている。
  • 松井

    そこからは後衛職の道を進んでいったのですか?

  • 松川

    当時所属していたLSに赤魔道士がいなかったので、おもに赤魔道士のレベルを上げていきました。そんな動機だったのですが、「リフレシュには夢がある」とメンバーに言われたことや、AFがかっこいいのもあって、それならば赤魔道士をメインジョブにしようと。でも、赤魔道士は役割が多くてたいへんでした。レベル上げのパーティで「もう少し早くリフレシュを回してくれませんか?」と言われてすごくヘコんだこともあります。パーティメンバーのリフレシュやヘイストを切らさないようにうまく回すことの重要性がわかったあたりで、赤魔道士の第二の人生が始まるんです。

  • 松井

    さらに、弱体や回復の補助までしないといけない場面もありますからね。

  • 松川

    「ディスペルもお願い!」と言われると、内心では「ひえー」と思いながらも「まかせろー!」と言ってこなしていました。レベル上げパーティでは、吟遊詩人さんと組むのがすごく好きでしたね。吟遊詩人さんはバラードでMPを回復してくれるので、そのぶんたくさん魔法が使えて、積極的に強化や弱体ができるし、ケアルの補助もできて楽しかったです。一方で盾役が忍者さんだと、赤魔道士としてはとても楽なのですが、しばらくすると「今日は弱体中心だなぁ」と、ちょっと物足りなくなっていましたね(笑)。

ゲームの中でもまとめ役をやってしまう?

  • レベル上げ以外ではどのような活動をされていましたか?

  • 松川

    ミッションなどの人集めも積極的に行っていました。確か、『ジラートの幻影』ミッションの中で、人をたくさん集めて挑むものがあったと思うのですが……。

  • 松井

    “古代石碑巡礼(※)”でしょうか?

    ※『ジラートの幻影』ミッションの5番目。ヴァナ・ディール各地の石碑(Cermet Headstone)を巡り、8属性の祈りを集める必要がある。なかでも、イフリートの釜を経由する“炎の祈り”の入手はとくに難度が高かった。
  • 松川

    あ、それですね。私はちょっと遅れてのスタートだったので、「今週末、ミッション行きませんかー?」と毎日たくさんシャウトして人を集めていました。そういったことも楽しかったですね。

  • いわゆるエンドコンテンツはいかがでしたか?

  • 松川

    エンドコンテンツでいちばん参加していたのはデュナミス(※)です。「すごいコンテンツをぶっこんできたな、開発……」と思いながら遊んでいました。デュナミスって、全滅したらいろいろな意味で悲惨ですよね。突入地点でつぎのグループが入場待ちしているところに、戦闘不能になった冒険者が放り出されて積み重なっていくじゃないですか。それを見たとき、「このゲームは残酷だな」と感じたのを覚えています(笑)。

    ※2004年2月から順次実装されていった大人数向けのバトルコンテンツ。戦闘を行うエリアは一見すると見慣れたヴァナ・ディールの街やフィールドなのだが、どこか薄暗く、人気のまったくない“裏世界”のようであることから、プレイヤーからは“裏”と呼ばれていた。
  • 松井

    4国エリアだと、突入地点がモグハウスの前なんですよね(笑)。

  • 松川

    デュナミスにはたくさんの思い出があります。私がいたワールドにはデュナミス活動をしている団体の同盟のようなものがあり、毎週土曜日にどの団体がどのエリアに入るのかを話し合いや抽選で決めていたようで、すごく統制の取れたワールドだったと思います。うちのLSのリーダーもそこでの話し合いをもとに、何時にどこへ行くかを決めてくれていました。

  • 松井

    当時はそれぞれのエリアに1団体しか入れなかったですからね。

  • 松川

    そうですね。その1団体も最大64人という大所帯でしたので、私は班長をやっていました。

  • デュナミスはアライアンス(18人)を超える人数で攻略するコンテンツだったので、各アライアンスのリーダーがLSチャットで連携を取りながら進めていきましたよね。

  • 松川

    そうです、そうです。私は班長でしたので、「バイオ入れちゃった!? スリップはダメよー」とお願いしたり、ときには「班長しっかりしてください!」と注意されたり(笑)。

  • 松井

    すごく楽しそうですね(笑)。

  • 松川

    人が集まるのはやっぱり夜なので、だいたい21時くらいに突入して、日付が変わるころに終わるんですよ。その後、「ここの石像は○○さんが釣るのがいいよね」みたいな反省会を、2~3時間かけて行っていました。

  • 松井

    人数が多いから、話し合うのはたいへんだったでしょうね。

  • 松川

    あと、オンラインゲームあるあるなのですが、反省会が終わるころには夜も深くなって、メンバーも少なくなります。その中で最後まで残って雑談をしていたら、「私のこと男だと思う? 女だと思う?」みたいな話を始めるヒュームの女の子がいるんですよ。「そういう質問をする時点で男じゃん!」と私は思うんですけど、それは置いておいて(笑)。その流れで、順番に中の人の性別を言っていくのですが、私が「女だけど」と言っても「はいはい、ウソウソ」と言われたり……。いい思い出です!

  • 一同

    (笑)。

  • 松井

    なんでウソだと思われたのでしょうか?

  • 松川

    すごくサバサバしていたのだと思います。先ほども言ったように、デュナミスでは班長でしたし、ハキハキとモノを言うタイプでしたから。でも、「なんで『FFXI』の中でまでまとめ役をやっているんだろう。プライベートなゲームくらい自由に楽しみたいよー」と思うこともありました。そんな内心とは裏腹に、「はい、集金集金! 今日は20800ギル!」なんて言っていたりしたのも懐かしいです。

  • デュナミスへの入場に必要な“止まっている砂時計”が高価(※)だったので、メンバーで割り勘にしているところが多かったですね。ほかにもデュナミスでの思い出はありますか?

    ※初期は100万ギル。2008年に50万ギルに値下げされている。2011年にデュナミスが非専有エリアに仕様変更されたことにともない、入場方法が変更。だいじなもの“朧なる砂”と“煌めく砂時計(購入金額5万ギル、非消費型)”の所持が入場条件となっている。
  • 松川

    うちの裏LSはデュナミス-ザルカバードを何度トライしてもクリアできなくて、「クリアできるように作ってあるの?」と疑問に思うほどだったのを覚えています。最終的には“連続魔スタン(※)”を使う力業でなんとかクリアできて、本当にうれしかったです。

    ※サポートジョブを暗黒騎士にした赤魔道士で“連続魔”を発動させ、スタンでモンスターの動きを封じ続けるテクニック。スタンは重ねがけができないため、効果が切れるタイミングを見計らって当て続けるのが重要。
  • 当時、デュナミス-ザルカバードの“Dynamis Lord”戦では、赤魔道士は要のジョブでしたね。そういえば、松川さんは赤魔道士の憧れの装備であるデュエルシャポーは取れましたか?

  • 松川

    取れませんでした(泣)。デュエルシャポー以外は持っていたんですけどね。それだけは当時手に入らなくて……。そもそも私がドロップを見たのも1回か2回くらいで、ロットで負けちゃったんです。というか、あのロットは本当に公正なんですか!?

  • 松井

    何もいじっていないですよ(笑)。

  • 松川

    本当ですか? 大事な場面で何回ロットに負けたことか……。開発や運営の悪口を言うとロットが低くなるとかないですか?

  • キャラクターに“LUK(ラック。幸運値)”という隠しパラメーターがあるのではないかという都市伝説が(笑)。あとは、戦闘不能になった人数が多いと、生け贄効果でドロップがよくなるとか、そういった戦利品にまつわるウワサはたくさんありましたよね。

  • 松川

    そうそうそう! そういうのもありました!

  • 松井

    ロットは純粋にランダムなので、ほかの要素は一切絡んでいませんよ(笑)。

  • 松川

    そういえば、“連続魔スタン”については、また別にエピソードがあって。デュナミスに通い始めたあたりに、“空LS(※)”に誘われたんですよ。「とりあえず、ケアルとリフレシュだけしてくれればいいからさ」と言うので、興味もあるし、軽い気持ちで参加したんです。そうしたら、なかなかの猛者揃いのLSだったようで、私が初めて行ったその日に“Genbu”を倒して、玄武盾をもらってしまいました。

    ※空に浮かぶ島であるトゥー・リアリージョンでのHNM討伐を目的としたリンクシェル。
  • 玄武盾がすでに余っていたと(笑)。

  • 松川

    「もらっちゃっていいんですか? がんばります!」と言った瞬間に、「じゃあ、サポートジョブを暗黒騎士にしてきてくれる?」と言われ、「え? サポは白と黒しかできないよ。暗黒騎士はレベル7なんだよ?」と返したら、「^^ 来週までに上げてきてね」と。そこから1週間、必死で暗黒騎士のレベルを上げましたよ。

  • 松井

    平日は仕事もあるでしょうし、当時のレベル上げのペースを考えればハードですよね。

  • 松川

    でも、その出来事があったおかげでデュナミス-ザルカバードをクリアできたので、お役に立ててよかったなとは思うんですけれど……。あの当時に「1週間で上げてこい」と言う人たちと関わってしまったことは、ちょっと後悔しましたね(笑)。

  • でも、赤魔道士垂涎の盾が一夜にして手に入ってしまった。ほかに赤魔道士に人気の装備といえば、ジュワユースでしょうか。

  • 松川

    そうそう。赤魔道士ならジュワユースも欲しくなりますよね。ジュワユースを落とすNM“Charybdis”は、実装直後は1パーティだとちょっときびしいくらいの絶妙なバランスで、このNMの設定をした人はすごいと思いました。Charybdisの出現時間を知るために、まずは倒された瞬間を見にいきますよね。それで、つぎに出現するのがたとえば朝6時ごろというのがわかったとして、1パーティ以上のフレンドを朝6時に集められる人徳が私にあるかという話ですよ。深夜にフレンドにお願いしまくって、集合時間に来てくれたのは7人でした。さらにもうひとりがこちらに向かっている途中でしたが、自分たち以外のパーティも集まって来たので「もうやるしかない! いくぞーーー!!」と言って7人で戦い始めたのを覚えています。そのとき盾役をしてくれた忍者のフレンドに大感謝ですよ。マラソン(※)しながらなんとか倒せました。そういった思い出があるので、ジュワユースと玄武盾はいまでも宝物です。

    ※モンスターを引きずり回す戦術で、グラビデやバインドを併用することで、極力攻撃を受けずに戦闘を継続できる。海外では、凧揚げの様子に似ていることから、カイティング(kiting)と呼ばれたりする。
  • 松井

    正統な赤魔道士の道を歩んできた感じがしますね。ちなみに、継続的にプレイされていたのはどのくらいの時期までしょうか?

  • 松川

    『アトルガンの秘宝』までは全部クリアしていたので、そのあたりまでですね。ミッションは『プロマシアの呪縛』が本当にたいへんで、エンディングではずっと泣いていました。昨日も、この対談で話すことを考えながら、動画サイトで過去の皆さんのプレイを見たり、エンディングを見ていたら、当時の気持ちが込み上がってきちゃって。クリアしたときにこんなにも達成感のあるゲームは、後にも先にも『FFXI』だけでしょうね。

  • 松井

    『プロマシアの呪縛』のエンディングは名曲ですよね。ミッションはどのあたりがたいへんでしたか?

  • 松川

    “畏れよ、我を”の3連戦(マメット、オメガ、アルテマ)は本当にたいへんでした。『プロマシアの呪縛』のころはまた別のLSで遊んでいたのですが、きっちり6人の少人数LSだったんですよ。このLSメンバーで毎週日曜日に“畏れよ、我を”に挑んでいて、少しずつ装備をHQ品に変えていきながら、さまざまな試行錯誤を重ねて6週間くらい戦ってようやく勝てました。そんなこともあったので、オメガはちょっとしたトラウマです。

  • “畏れよ、我を”のBF戦は、『プロマシアの呪縛』ミッションの中でも屈指の難度でしたよね。

  • 松川

    そういった苦労もあったので、『プロマシアの呪縛』のエンディングを見終わった後は、「ああ、報われたな……」と思いながら、つーっと涙を流して泣いていました。あと、召喚獣のフェンリル(クエスト“月の導き”)も倒すのに8週間くらいかかりました。オメガとフェンリル、この2体はいまでも夢に見ます。

  • 松井

    我々としては、どんなに強いモンスターを実装してもすぐに倒されてしまう印象のほうが強いので、そういった話を聞くとちょっとうれしいかもしれません。

  • 松川

    私たちプレイヤーは試行錯誤も楽しんでいました!!

※第4回 松川 美苗 パート2へ

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