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プロデューサーセッション -WE DISCUSS VANA’DIEL-
第5回 北瀬佳範 パート3

松井プロデューサーが『ファイナルファンタジーXI』(以下、『FFXI』)とゆかりのある人物と対談を行うスペシャル企画“プロデューサーセッション -WE DISCUSS VANA’DIEL-”。第5回の対談相手は、スクウェア・エニックスで『ファイナルファンタジー』(以下、『FF』)シリーズのブランドマネージャーを務める北瀬佳範さん。今回のパート3では、開発スタッフみずからが行っていたデバッグの苦労や、北瀬さんから見た『FFXI』の優れている点などをうかがっていく。

北瀬佳範

『FFV』で初めて『FF』シリーズの開発に参加し、『FFVI』から『FFVIII』までのディレクションを担当。『FFX』からはプロデューサーとして制作に関わる。以降、20年以上にわたって数多くの『FF』シリーズ作品・関連作品を手がけてきた。最新作は2020年に発売された『FFVIIリメイク』。2021年の4月には橋本真司氏から引き継ぐ形で、『FF』シリーズを統括するブランドマネージャーに就任した。

開発総出で行っていたバグとの戦い

  • 『FFXI』がサービスインした2002年、北瀬さんは『FFX-2』の開発をしていたころだと思いますが、アクセス集中でログインのための手続きができないといった初日の混乱をどう見ていましたか?

  • 北瀬

    もう20年近く前のことですからね……。そんな大事になっていましたっけ?

  • 当時、新聞に謝罪広告を出されていました。

  • 北瀬

    ああ、若干記憶があります。松井くんたちはどんな感じだったの?

  • 松井

    自分がどうこうできる部分ではないし、「開発チームは、開発のことだけしていなさい」と言われていました。その一方で、正規のサポートチームとは別に『FFXI』に関係する人たちが総出で対応にあたっていたので、確かに大騒動でしたね。

  • 北瀬

    いまでこそ、オンラインサービスでの“よくある話”になっているけど、当時は気が気ではなかったでしょう。

  • 国内ではまだほとんどないMMORPGでしたし、サービス開始時にどれだけの準備をすればいいのか判断が難しいですよね。

  • 松井

    とはいえ、『FFXI』はディスク販売だったので、出荷本数以上の人が来ることはありません。販売数からある程度は予測できたろうし、「ここまでは大丈夫だろう」という数しか出荷していないんです。実際、混雑してしまったのは“入り口”の部分だけで、ゲームの中は大丈夫でしたからね。事前予約者を募ってアーリーアクセス権を与えるとか、スタートをもう少し分散させる方法を考えていればよかったのかもしれません。

  • 北瀬

    開発側はどのくらい人が来ることを想定していたの?

  • 松井

    最初に20ワールドあり、各ワールドの同時接続の最大がスペック上では5000人なのですが、だいたい1ワールドの同時接続3000人くらいを考えていました。

  • 北瀬

    3000人という人数の予測は何をもとにしたの?

  • 松井

    ソフトの出荷本数やPlayStation BB Unit(プレイステーション2用のハードディスクドライブ)の生産数に対し、高めの装着率で想定していたのではないでしょうか。βテストでの手応えもありましたので。

  • 北瀬

    そうか、βテストがあったのか。

  • 松井

    βテストで作られたアカウントで一度でもプレイしたキャラクターは、所持金を調整することでワールドを選択できたので(※)、その際のデータもあったのだと思います。自分は当時の運営まわりには絡んでいないので詳しくはわかりませんが、サーバープログラマーが当時のホストマシンの処理速度や通信量を考慮して計算したと聞いています。

    ※βテストの参加者は、最終日に所持していたギルの下2ケタの数値で、正式サービス版での所属ワールドを選択することができた。
  • 北瀬

    βテストを実施するということも、うちの会社ではたぶん初めてだよね? 僕もβテストのキットを持っていた記憶があるよ。

  • とにかく、『FFXI』は初めてづくしですよね。

  • 松井

    体験版は作ったことがありましたけれど、βテストは確かに初めてでしたね。

  • しかし『FFXI』初日の混乱も、別チームにいた北瀬さんからすると「そんなこともあったね」という感じなのですね。てっきり、全社的な大問題になっていたものかと……。

  • 北瀬

    ずいぶん前の話なので、忘れている部分もありますしね(笑)。

  • 松井

    パッケージゲームの感覚で「これは全品回収か!?」というような、いま思うと過剰反応だったかもしれませんね。それでも『FFXI』では、セクションを越えて「なんとかしてくれ!」と助けを求めることはなかったんです。

  • 北瀬

    セクションを越えたトラブルで思い出すのは、昔、あるタイトルの制作終盤に行ったデバッグプレイのときだよね。「バグが出てマスターアップの締切が危うい!」とほかのチームも含めて人が集められ、みんなでデバッグしました。3交代制で、僕も夕方の6時くらいに出社して朝までデバッグしていましたよ。

  • 松井

    それ以降、QAスタッフ(※)に力を入れるようになっていったんですよね。

    ※QAはQuality Assuranceの略。ゲームの品質管理チェックを行うスタッフのこと。
  • 北瀬

    そうだね。以降は「デバッグはチームを作って組織的にやらなければいけない」という意識が強くなってきたと思います。

  • だんだんとゲームが肥大化、複雑化してきて、チェックにも時間がかかりますし、あらゆるところにバグが潜むようになりましたからね。

  • 松井

    デバッグ期間が長くなると、慣れたテスターさんのほうが見つけにくいバグもあって、完成直前のテストプレイにはゲームにあまり慣れていない人や新人にも頼むようになったんですよね。

  • ゲームに慣れていると、かえって気づかないことも多そうですよね。

  • 松井

    新人には新人なりの、熟練のデバッガーには熟練なりのチェックをしてもらうようになりました。

  • 北瀬

    そういえば、『FFIV』のデバッグはどうしていたの? 『聖剣伝説 ~ファイナルファンタジー外伝~』はアルバイトで雇った学生の数人でデバッグをしていたけれど。

  • 松井

    『FFIV』も外部のデバッガーは数人ですね。あとは社員でデバッグしていました。

  • 北瀬

    そうだよね。そのころは開発スタッフがみずからデバッグしていたんだよね。いまは大人数かつ長期間でデバッグをしているから、4人くらいでデバッグをしていた時期が懐かしいね(笑)。

  • 松井

    4人で1~2カ月くらいでしたよね。『FFXI』チームでも、開発ブースのすぐそばにテスターのためのスペースを用意してありました。田中さん(田中弘道氏。『FFXI』の初代プロデューサー)には「バトル班の人間はときどき覗いて、どう戦っているのか見るように」と言われていましたね。そういう部内テスターと呼ばれる人たちのほかにも、バトル以外のチェックをする人たちがかなりの人数いました。もしかしたら開発スタッフと同規模か、もっと多いくらいの人数がいたんじゃないでしょうか。

  • 北瀬

    いまでこそ部内テスターは多いけど、その先駆けは『FFXI』チームだったんじゃない?

  • 松井

    そうかもしれません。しかも、部内テスターからリクルートして社員になった人もいたりします。

  • バグを出すのがうまいというか、勘のいい人っていますよね。

  • 松井

    そうした能力も大事なのですが、うちの場合は『FFXI』に対する知識や愛、そして人間性や勤務態度のほうが重要だったりします。

  • バグといえば、『FFXI』ではバージョンアップで不具合を修正できるというのも開発の変化だったと思います。そのことで意識が変わったことはありますか?

  • 松井

    致命的なバグを出すとゲームが壊れてしまうので、“バグを出してもいい”という意識で作業をすることはなかったですね。むしろ、あとから修正できるという意味では、バランス調整のほうにメリットを感じていました。

  • プレイヤーの動向を見てから調整が入れられると。

  • 松井

    当初は、何か問題があるたびに数値を上げたり下げたりしていたんです。しかし、あるときに「頻繁にいじられると戦術が確立しない」という意見を聞いて、それがすごく刺さりました。自分で「戦術を大事にするゲームを作りたい」と言っておきながら、僕の調整でプレイヤーの戦術をつぶしたりしていたわけです。バージョンアップや拡張ディスクで“できることを増やす”という調整はアリですが、こちらの思惑だけで下方修正するようなことはなるべくしてはいけないと考えるようになりました。

  • 細かく上げ下げしたほうが理想のバランスにより近づくのでしょうけど、それにプレイヤーを付き合わせるのかという問題はありますよね。下方修正はどうしても反発がありますし。

  • 松井

    ただ、修正しないと特定のジョブが割を食ってしまうようなものは話が別です。たとえば、特定のアビリティが強すぎるせいで、ほかのすべてのジョブがコンテンツに参加する機会を得られないといったケースは、申し訳ないですが調整するしかありません。そういうとき以外はなるべく修正しないようにしようと思って調整しています。

  • 北瀬

    ところで、バージョンアップはある程度計画に沿って行っていたんだろうけど、いわゆる拡張ディスクは最初から想定していたの?

  • 松井

    『ジラートの幻影』は最初から計画していました。『プロマシアの呪縛』以降は運営がうまくいったから企画された感じですね。

  • 北瀬

    当時、オンラインではない通常のタイトルの場合は、リリースしたら1カ月くらい休暇があったでしょう? 長めのリフレッシュ休暇を取ったのち、またつぎの作品に取り掛かるという感じだったけれど、『FFXI』は最初のマスターを上げたときに休暇はあったの?

  • 松井

    いえ、しばらくは休めませんでした。いつだったか、NM(ノートリアスモンスター)を大量に追加したバージョンアップがあったのですが、それを作っているときだけ1週間お休みをもらいました。そのときは、ノートパソコンを自宅に持ち帰って、NMのネタ出しをしていましたね。

  • 北瀬

    それ、仕事じゃない(苦笑)。

  • 松井

    バグ取りなどをしなくていいせっかくの期間なので、NMのネタを出しておこうと。休暇が終わったら、「これだけNMを追加するから戦利品も作って」とスタッフにお願いしました。それが『FFXI』の開発に入ったあとの最初の長期休暇でしたね。

  • 北瀬

    外から見ていて、「休みってないのかなぁ……」と気になっていました。

  • 松井

    北瀬さんもその後『メビウス ファイナルファンタジー』をプロデュースされたので、それに近い感覚を実感したのではないですか?

  • 北瀬

    多少はね。スマホの運営タイトルを担当して「運営タイトルはやっぱり休めないんだ、たいへんだな」と。『FFXI』のリリースから10年以上経ってようやくわかりました。

  • 松井

    ただ、たいへんはたいへんだったのですが、いま考えるともっと楽にする方法はあったはずなのに、自分でそうしてしまった部分もありますね。

  • でも、そのときの踏ん張りが、いまの『FFXI』を形作っているのかもしれません。

  • 松井

    この“WE ARE VANA'DIEL”のサイト内には“みんなのヴァナ・ディール史”という歴史年表があるのですが、2002年の1年間だけでもすごいボリュームがあって、これを見たときに「この1年のおかげで20年戦えているんだな」と改めて感じましたね。

20年続いたからこその思い入れの深さが『FFXI』の魅力

  • 北瀬さんから見て、『FFXI』が作品として優れていると思うところはどこですか?

  • 北瀬

    『FFXI』そのものではなく外側の話になりますが、お仕事で有名人をはじめ、さまざまな方とご一緒していく中で、熱狂的な『FFXI』プレイヤーと遭遇するんです。いま、各界で活躍している前線の人たちの多くが『FFXI』という共通言語を持っていて、うらやましいなと思うこともありますね。

  • いま重職に就いている方から「じつはプレイしていました」と言われたり。

  • 北瀬

    20年続いたからこそ、いろいろなところにつながっているのでしょうね。たくさんの種を植え、拡散していったタイトルという点では、シングルプレイの『FF』とはまた違うでしょう。

  • 松井

    『FFVII』や『FFX』はいまでも高い人気があるじゃないですか。

  • 北瀬

    もちろん『FFVII』や『FFX』が発売した時期に盛り上がった世代から言葉をかけてもらうことはあるけれど、『FFXI』は20年続いているから、ユーザー層の厚さも別格だと思うんだよ。

  • 松井

    継続性という意味で、ですか?

  • 北瀬

    『FFVII』だとクリアするまでにだいたい50~70時間くらいかな? そのひとときを楽しめたという思い出はあるだろうし、中にはくり返し遊んでくれているプレイヤーもいることでしょう。でも、『FFXI』は、長い人で20年近くその世界に浸っているのだから、思い入れの深さが違うのだろうなと。

  • KinKi Kidsの堂本光一さんがラジオで『FFXI』の話をしてくれたことがありましたね。

  • 北瀬

    著名人が話題として出してくれるところはすごいですよね。エンタメ文化に影響を与え、根ざしているというか。

  • 『FFVII』も世界中に熱狂的なファンがいますけれど、それとはまた違う熱さが『FFXI』にはありますよね。

  • 松井

    そういう視点はあまりなかったです。そう言ってもらえるのはうれしいですね。

  • 『FFXI』で出会って結婚したという人たちもたくさんいますよね。

  • 北瀬

    人生といっしょですよね。シングルプレイの『FF』は、“子どものころの大切な思い出”という感じで光っているのでしょうが、『FFXI』は“人生とともに歩んできた”深さがある。

  • 一方で松井さんから見て、北瀬さんの仕事で印象に残っているものは何かありますか?

  • 松井

    年寄りなので印象に残っているのは昔のことばかりなんですよね(笑)。まずは『FFV』で初めていっしょに仕事をして、すごく頼もしいと感じました。ゲーム開発はスケジュールが遅れることがよくあるのですが、北瀬さんが担当しているところはきっちり進む感じがあります。『FFVI』ではいっしょに仕事こそしていませんが、『FFVI』のデバッグをしたときに「ゲームはこんなになってしまってもいいんだ!」というアイデアがたくさんあって、とても驚きました。『FFXI』もそうですが、ファンタジーは保守的になりがちなんです。

  • いわゆる西洋ファンタジー(=ハイファンタジー)ですよね。

  • 松井

    僕はそこから踏み出す勇気がなかったんですよ。言ってみれば、『FFVI』はナンバリングの中でも転換点となる作品で、「これもファンタジーだよね」と『FF』の世界観を広げてくれたおかげで、続く『FFVII』、『FFVIII』があったのだと思います。

  • スチームパンクあり、オペラありですからね。

  • 松井

    オペラは最高でした。

  • 北瀬

    坂口さん(坂口博信氏。『FF』シリーズの生みの親のひとり)がそれを認めてくれたことも大きいよね。

  • 松井

    『FFVI』自体、いろいろな人のアイデアで成り立っているんでしょうけど、『FFVI』というひとつのタイトルで見た場合、“北瀬色”とでもいうべき要素が詰まっていて、すごい作品だと思っています。僕は北瀬さんの現場仕事をもっと見ていたかったので、その後だんだんと管理する側になってしまったことを少し残念に感じています。

  • 北瀬

    松井くんはいま、プロデューサーとしての仕事以外に現場仕事もしているの?

  • 松井

    いまだにコードを書いていますよ。

  • 北瀬

    それはそれですごいね。

  • 北瀬さんは『FFVIII』までがディレクター、『FFX』からはプロデューサーという立場でシリーズに関わられていますが、現場の仕事は『FFVIII』が最後になるのですか?

  • 北瀬

    自分でしっかり手を動かしたという意味では『FFVII』が最後ですね。『FFVIII』でも多少はありましたが、そのころはスタッフも増えてきたので、仕事を任せられるようになっていました。

  • 『FFVIII』からだんだんとプロデューサー的な立ち回りが増えてきたと。

  • 北瀬

    プロデューサーと言っても、プロデューサーと現場の境界はグラデーションになっているというか、開発現場を経験している人だとそんなにパキッと仕事内容は分けられないんです。もちろん、会社の中にはプロデュースのみに専念するプロデューサーもいますけれど。

  • 松井

    元スクウェアの人は、プロデューサーになっても“開発”のボスという雰囲気がありますよね。

  • 北瀬

    そもそも河津さん(河津秋敏氏。『サガ』シリーズの生みの親)が現役バリバリですからね(笑)。あれが我々のお手本ですよ。

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