松井プロデューサーが『ファイナルファンタジーXI』(以下、『FFXI』)とゆかりのある人物と対談を行うスペシャル企画“プロデューサーセッション -WE DISCUSS VANA’DIEL-”。第6回の対談相手は、『サガ』シリーズの総合ディレクターであり、旧スクウェア時代から開発の第一線で活躍し続けている河津秋敏さん。セッションのラストは、河津さんがゲームを開発するうえで重要視するポイントや、『サガ』シリーズでチャレンジしたいことなどを語っていただいた。
スクウェア・エニックス 『サガ』シリーズ総合ディレクター。『魔界塔士サ・ガ』や『ロマンシング サ・ガ』を筆頭に、同シリーズのシナリオ、ディレクション、プロデュースなどを担当。『FF』シリーズのナンバリングタイトルについては、1作目と『FFII』のゲームデザイン、『FFXII』のエグゼクティブプロデューサーを務めている。松井プロデューサーにとっては、東京工業大学に在籍していたときの先輩でもある。
MMORPGはプレイヤーの期待を裏切れない
『FFXI』の運営が20年を迎えるにあたって、ここまで長く続いている要因を河津さんはどのように考えていますか?
- 河津
“ファンが望んでいるサービスを継続的に提供できているか”という部分がうまくいっているということですよね。ファンとサービスを提供する運営とのあいだに信頼感のようなものがあって、それがちゃんと築けていることはすばらしいと思います。
2012年から現在まで『FFXI』のプロデューサーに松井さんが就いていることについてはどう思われますか?
- 河津
「もう誰かに任せたいな」とか思ったりしない?(笑)
- 松井
やりそびれたことをやっていて、気づいたら20年という感じです。
- 河津
やりそびれたことをやるのもいいと思うけど、新しい別のタイトルもやればいいじゃない。
- 松井
現状の体制ではすごく大規模なことはできなくなっていますけど、スクリプトでいろいろ作れるので、新しいこと自体はできているんです。『FFXI』にはすでにしっかりとした土台があるので、そこにコンテンツを乗せるだけで届けられる。そういう意味では、クイックな開発環境だと感じることもあります。
- 河津
『FFXI』のストーリーをスタンドアローンで遊べるようにする企画はないの?
- 松井
『ドラゴンクエストX オフライン』が発表されたので、齊藤さん(齊藤陽介氏。『DQX』の初代プロデューサー)とのプロデューサーセッションでもその話をしました。
- 河津
望む声は多いと思うんだけど。
- 松井
そうなのですが、プレイヤーの皆さんが望んでいるオフラインの形は、それぞれが微妙に違うと思うんですよ。
- 河津
それはそうだと思うよ。でも、そこは作る側の責任で、こちらが決めてあげなきゃ。料理にたとえると、“みんなの好みを調査して作る”という手もあるけれど、「これを食べて! おいしいから!」と自信を持って提供するのがプロの料理人だよ。
- 松井
河津さんはこういうたとえをよくされますよね(笑)。
- 河津
『FFXI』と『FFXIV』は『FF』のナンバリングタイトルではあるけれど、なんとなくほかの作品とは違う感じがあるよね。それは、ストーリーだけを楽しむスタンドアローンの部分がないからだと思うんです。それがあれば、いまよりもさらにナンバリングとして認知されるのではないかと前から感じています。でも、むちゃくちゃコストがかかるので、そこが課題ではありますね。あと、松井くんも言っていましたが、プレイヤーそれぞれで望んでいることが違うから、シナリオを書く人間も「叩かれるのはイヤだ」と尻込みしちゃうと思うんですよね。
とくに『FFXI』や『FFXIV』は、これまでプレイヤーの声を聞きながらいっしょに作ってきた部分もすごく大きいと思います。そこがオフラインのゲームと違う部分ではないかと。
- 松井
そうですね。ほかのゲーム以上に、プレイヤーの皆さんの期待を裏切れないですから、そこはものすごくハードルが高いと思います。
このゲームだからこその体験がないと意味がない
この20年で、プレイヤーとの向き合いかたで変わったと思うことはありますか?
- 河津
リリース形態でマルチプラットフォームが当たり前になってきて、あえてマルチであることをアピールする必要もなくなってきたな、というのは感じています。昔みたいに特定のハードでないと遊べないというケースは少なくなり、それぞれが好きなプラットフォームで遊んでいて、本当の意味でプレイヤーがソフト(ゲーム)と向き合うようになったという実感がすごくありますね。
- 松井
そこは大きな変化のひとつですよね。
- 河津
昔はゲームで遊ぶことは一部の人だけの特別なことでしたが、いまでは当たり前になってきました。“ときどきレストランで御馳走を食べていた行為”が、“ファストフードでハンバーガーを食べる行為”になったような感覚でしょうか。作る側としては、ファストフード的な満足感を与える必要もあるし、いいレストランに行って「なんだこれは!」と驚くような体験も提供したいと思っているのですが、プレイヤーの皆さんは贅沢なので、つねに両方欲しいと思っているんですよ。それに応えていくのがすごく難しい。ひとつ間違えると、コストだけかかって失敗してしまいます。さらに、プレイヤーの遊びかたも数年でガラっと変わってしまう。スマホのゲームも5年前といまではまったく違う状況ですよね。
荒削りながらワンアイデアでおもしろいゲームを作るインディーデベロッパーも増えましたし、大作のAAA(トリプルエー)タイトルも話題を集めています。また、オンライン専用タイトルもかなり増えましたよね。
- 河津
一時期、コンシューマ機への揺り戻しがあったり、レトロ風のゲームが復権したり。でも、レトロ風のゲームが出すぎたせいで、いまはまた飽きられてきているように感じます。そういった早い変化の中で状況を見極めつつ、でもあまりブレないようにしないといけない。やりたいことがブレると、こちらも消耗するだけなので。
現代は“可処分時間の取り合い”と言われていますよね。いまや、ゲームと時間を取り合うのは動画配信サービスやSNSだったりします。
- 河津
そんな中で、いかにゲームで満足感を与えていくか。そこはハードルが高いですよね。どういう成功の形があるのか、ほんの少し先の状況すら、ぜんぜん見えません。
河津さんがゲームを制作(プロデュース)するうえで、重視するポイントは何でしょうか? プレイヤーに対する外向きの視点と、開発チームに対する内向きの視点と、両軸でお聞かせください。
- 河津
内向きのことについては、みんなプロなので、「しっかりゲームを作りましょう。いま作っているのはこういうゲームです」とだけ言えば、ちゃんと仕事をしてくれるので大丈夫だと思います。
- 松井
河津さんが何かを教えるようなことはないのですか?
- 河津
そんな余裕はないですね。それに、自分が知っていることを教えても古すぎて役に立たないですよ(苦笑)。みんな、新しいことにチャレンジしていかないといけないからね。
プレイヤーに対してはどういうプロデュースを心掛けていますか?
- 河津
自分が作ったゲームをプレイしてもらったとき、“このゲームだからこその体験”がないと意味がないと思っています。ほかのゲームで体験できること、ほかのメディアで体験できることはそっちで体験してもらえばいい。ですから、旧作のリマスターを作るときであっても、そのリマスターだからこそ体験できる要素を盛り込まないといけないと考えていますね。
作りたいものを作り続けるために必要なこと
河津さんは、キャリア的には管理職に徹する形でもおかしくないと思うのですが、いまも現場にこだわられている理由は何でしょう?
- 河津
自分はそういう管理側の仕事ができないからです。坂口さん(坂口博信氏。『FF』シリーズの生みの親のひとり)のようなプロデューサーではないし、橋本さん(橋本真司氏。『キングダム ハーツ』シリーズなどのプロデューサー。前『FF』シリーズブランドマネージャー)のような立ち回りもできません。僕自身は、“自分が作りたいもののために自分ができないことを他人にしてもらう”というのが苦手なんです。たとえば、“サッカーが好きだけれど自分はあまりサッカーが上手でない人”がチャンピオンズリーグで優勝したいと思ったら、優勝できるメンバーを集めてくるしかないですよね。でも、自分は人を集めるのが苦手なので、下手なりに自分でやるしかなく、チャンピオンズリーグまで行くのはまず無理なんですよ。そうなると、自分がやりたいサッカーを楽しむためにも、目標とする場所を変えざるを得ません。
- 松井
自分で手を動かすからこそ、自分で目標を定めると。
- 河津
でも、会社に所属している以上、儲けなくてはいけない。自分のやりたいこと、楽しんでいることで、いかに売上を立ててサイクルを回すか。さらに、自分の作ったものを楽しんでくれる人に提供して、いっしょに楽しむという流れをいかにして作るかというのが大事です。「日本のゲーム産業はもうダメだ」などと経済新聞に書かれることもありますが、みんながみんなチャンピオンズリーグを目指さなくてもいいし、そこにだけ幸せがあるわけではないですよ。
- 松井
作るゲームすべてを“AAA”にする必要はないですよね。
- 河津
「チャンピオンズリーグに出られないチームでサッカーをしている人は不幸なのか? Jリーグのチームを応援しているファンは不幸なのか?」と言われたら、そんなことはないでしょう? 「もっと上を目指さないの?」と言われたら、それはそうなんですけど。だから、若い人間には「最初はチャンピオンズリーグを目指しておけ」と言いますよ。一度頂上を目指してみて、どこまでできるか挑戦したうえで、どうするのかを考えないと。最初から目標を下に置くのは、ただの“逃げ”ですから。
2019年に『サガ』シリーズは30周年を迎えましたが、今後河津さんが『サガ』シリーズでトライしたいことはありますか? また、『サガ』シリーズ以外でなにかやりたいことがあれば教えてください。
- 河津
『サガ』チームはこれからも広げていくつもりです。それと、『サガ』的価値、体験価値をもっと広げたいという気持ちがあります。そのためには、もっと成功しなくてはいけないですね。いろいろなチャレンジをチームのみんなもしてくれているし、自分もしていきます。個人的には、作ってみたいゲームがまだまだあるんですよ。
- 松井
どんなことをしたいですか? TRPG的なものとか?
- 河津
そういうのもやりたいね。あとはVRゲームとか、これまでとはぜんぜん違うアクションゲームもおもしろそう。『サガ』という枠で考えれば、RPG以外の展開でも『サガ』ファンが楽しんでくれるものであればいいのかなと。そういったものしかやらなくなってしまったら旧来のファンは困ると思いますが、正統派なものも作りつつ、さらにみんなで遊べる環境を広げられればいいなと思っています。自分の開発者として残されている時間はそれほど多くはないので、ひとつの作品にかける時間をもっと短くしたいんですよ。とはいえ、もうちょっと早く終わらせるつもりのものが、なかなか終わらなくて困っています(苦笑)。
- 松井
昔と比べると、いまのゲーム制作はものすごく時間がかかりますからね。
- 河津
とくにRPGはたいへんだよね。世界観を作るだけでも半年はかかるし、そこから実制作で1年以上、さらに世に出すために作り込んでいくと、すぐ2年とか経ってしまう。世界観やゲーム性を膨らませていくと、あっという間に3年です。いろいろなことをやりたいとは思っているものの、そこがネックになっていて……。
- 松井
発売してからも、ダウンロードコンテンツの追加が1年続いたり。
- 河津
それくらいのことをやらないと、みんな満足してくれないんですよ。いまは本当にいろいろなゲームが出ているので、中途半端なものを作っても、たくさんの作品の中に埋没してしまいます。昔は楽だったよね(笑)。
短いスパンでおもしろいゲームがたくさん出ていました。『FF』も、ナンバリング5作目まではほぼ毎年のように発売されていましたからね。
- 松井
昔はROMの容量から推し量れる実質的な締め切りがあったので、際限なく作ることはできませんでしたから。
いまは自分たちで枠組みを作って、“この中に収める”ということを決めておかないと、際限なく作れてしまいますからね。
- 松井
“なんでも入り”にもできる反面、なんでも入りにしてしまうとぼんやりしたものになってしまいますね。そうなると、たぶん作っている人たちも幸せにはなれない。どこにフォーカスして勝負していくかが大事だと思います。
フォーカスしたところが、発売時期の流行とマッチしているかというのも大事ですよね。
- 河津
「いまだったら売れるのに」とか、「3年前なら売れたのに」とか、早かったり遅かったりというのは本当にあります。タイミングは難しいですよね。
- 松井
運営ものだと、タイミングを逸してしまうと最悪サービスを終了しないといけないですが、売り切りの作品なら時期が来たら再度アピールできないですかね?
- 河津
再浮上するきっかけみたいなものを作らないといけないかもね。
- 松井
たくさんあるものの中から、どうやってその人に合うものを教えてあげるかというのが大事になってきましたよね。だからいま、ユーチューバーなどによるゲーム実況が流行っているのでしょう。彼らも彼らで、生存競争がたいへんだと思いますが。
いまはインフルエンサーの存在は大きいですね。
- 松井
そこが人まかせになっているので、なんとか自分たちでもやらないといけないと思うのですが、そういうセンスがないんですよね……。
ちなみに、河津さんが“MMORPGほどではないけれど、オンライン要素のあるゲーム”を作るとしたら、どういうものが作りたいですか?
- 河津
『サガ』ベースのものを作るとしたら、どんな形がいいんだろうね。非同期で何かやれるといいんでしょうけど、完全に非同期だとオンラインで遊ぶ意味がなくなってしまうので、うまい具合の温度感というか、何かいいアイデアが思いつけばいいのですが……。たとえば、最初は何もないんだけれど、3カ月くらい経つと最初に遊んでいた人たちが死屍累々としていたり、ほかのプレイヤーがそこにいたという形跡が残っているようなものはどうでしょうかね。スタンドアローンのゲームもそうですが、ゲームは基本的に開発側が世界のすべてを用意しています。それに対して、“プレイヤーたちが世界を作っていく”ものができるといいのですが、おもしろくするのがすごく難しそうだなと。
いまでも“オンラインゲームが苦手な人”は一定数いると思います。そこを河津さんが解決できれば、“オンラインゲームが苦手な人が集まるオンラインゲーム”を作れるかもしれないですね。
- 河津
できればいいけど(笑)。何かしらコアとなるアイデアが必要ですね。いまのところ思いつきませんが。
それでは最後に、河津さんから『FFXI』のプレイヤー皆さんへメッセージをお願いします。
- 河津
皆さんがヴァナ・ディールにいてくだされば、『FFXI』は永遠に続くと思いますので、お子さん、お孫さんに相伝していただき、100年でも続けてほしいなと自分は思っています。オンラインゲームは、プレイヤーがいる限り運営をやめられないはず。どこまで続くか楽しみです。