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プロデューサーセッション -WE DISCUSS VANA’DIEL-
第8回 加藤正人 パート3

松井プロデューサーが、『ファイナルファンタジーXI』(以下、『FFXI』)とゆかりのある人物と対談を行う“プロデューサーセッション -WE DISCUSS VANA’DIEL-”。第8回の対談相手は、『FFXI』において『ジラートの幻影』までのストーリーを手掛けた加藤正人さん。パート3となる本稿では、サンドリア、バストゥーク、ウィンダス、そして『ジラートの幻影』のミッションの開発経緯を中心に語っていただいた。

加藤正人

数多くのゲームで企画・世界設定・シナリオ・演出などを手掛けるクリエイター。スクウェア在籍時は『クロノ・トリガー』、『ゼノギアス』、『クロノ・クロス』などを手掛けたのち、『FFXI』でストーリー全般を担当。『FFXI』初の拡張データディスクとなる、『ジラートの幻影』までのプロットをまとめ上げた。またスクウェア退社後も、2009年に追加シナリオ3部作『石の見る夢』、『戦慄!モグ祭りの夜』、『シャントット帝国の陰謀』のシナリオを担当。現在はグリーに所属し、シナリオ・演出を手掛けたシングルプレイ専用RPG『アナザーエデン 時空を超える猫』が好評を博している。

各国のミッションやクエストはプランナーに一任

  • 『FFXI』の最序盤は3国それぞれでミッションが展開されますが、やがて拠点はジュノへと移り、そこから大きなストーリーへとつながっていきます。これらのストーリーの制作作業は、どのように分担していったのでしょうか。

  • 加藤

    僕は『ジラートの幻影』までのメインストーリーと、ヴァナ・ディールの大まかな歴史を考えることに専念しました。そして3国に関しては、ミッションやシナリオ、そして細かなクエストにいたるまで、国単位でプランナーに任せる体制にしたのです。最終的にサンドリアは木越さん(※)、バストゥークは河本さん(※)、ウィンダスは佐藤さん(※)が担当しています。

    ※それぞれ木越祐介氏、河本信昭氏、佐藤弥詠子氏。木越氏、河本氏は当時は『FFXI』のプランナーだった。
  • 各プランナーが作ったものに加藤さんが目を通してブラッシュアップするのではなく、完全にお任せだったのですか?

  • 加藤

    そうです。最初に大まかな方向性だけ伝えました。たとえば、「ガルカとヒュームはこういった繊細な関係性があるから、ゆくゆくは対立が発生するはずだ」とか、「サンドリアはドラギーユ王家の支配体制が長く続いているけれど、現在の第1王子と第2王子は一長一短があるので、後継者問題が出てくるはずだ」というような話ですね。そういったことだけ伝えて、あとはプランナーに任せる感じでした。

  • 当時を振り返って、苦労した点や印象に残っていることなどをお聞かせください。

  • 加藤

    3国の中でもっとも苦労したのはサンドリアです。じつは、開発初期のエルヴァーンはいまよりもっと貴族然としていて、ほかの種族を平気で見下すような、高圧的な態度が目立っていたんです。僕としては、“第一印象はイヤな種族だけど、ストーリーを進めていくことで彼らの信頼を得る様子”を描きたかった。けれども、まわりからは「これだとキツすぎる!」と散々な評判で、途中で大きく方向転換しました。いまのエルヴァーンは、開発初期よりもかなりマイルドな種族になっています。

  • 松井

    エルヴァーンはプレイヤーキャラクターでもあるから、“高圧的な種族”といったイメージを植え付けてしまうのは避けたかったのかもしれないですね。いまのサンドリアは、トリオンやピエージェなどの王家はもちろん、ハルヴァーとかの脇役も含め、高潔さと人間味が両立されたいい感じのバランスになっていると思います。

  • 加藤

    サンドリアでもうひとつ困ったのが、当初任せていた古株のプランナーが、『FFXI』を正式発表する直前にスクウェアを辞めてしまったことです。しかたないので、僕がサンドリアのプロットを急いで書いて、そこから先は当時ジュノを担当していた木越さんに引き継いでもらいました。彼が泣きながらサンドリアのクエストを作っていたのを、よく覚えています。

  • 松井

    このときばかりは、信頼するプランナーに1国を任せる方針がちょっと裏目に出てしまった感じですね。

  • 加藤

    そういえば、バストゥークもけっこうたいへんでした。鉱山やガルカの存在を踏まえると、どうしてもむさ苦しい話になってしまう。そしてヒュームはヒュームで、現実社会さながらの政治絡みの話など、わりと重い話になりがちでした。

  • カルスト大統領は、最初はイヤなヤツという印象ですが、ミッションを進めていくと彼の立場なりの思惑などが垣間見えて、なかなか奥深いですよね。

  • 加藤

    その点ウィンダスは、とてもやりやすかったというか、ある意味で“反則級”だったと思います。タルタルのように小さくてかわいいキャラクターだったら、どんなに無茶な展開のイベントでも許されてしまいますから。『FFXI』のサービス開始後もウィンダスは大人気でしたし、担当の佐藤さんには“おいしいところ”をあげてしまったかなと(笑)。

  • それにしても、各国をプランナーに任せながらも、『FFXI』全体としての世界観やストーリーの整合性がきちんと取れているのはお見事ですね。

  • 加藤

    そこに関しては、プランナーどうしが頻繁にミーティングを行っていましたからね。ときには僕もそこに混ざって「あそこの設定はこうするから、こちらのクエストはこうしましょう」とか、「ミスラはそういった言い回しをしないから、このように変更しましょう」とか、しっかりコミュニケーションを取っていました。ですから、彼らを仕切る僕としては、細かい口出しをする必要がなくて、安心して任せられました。

  • 松井

    『FFXI』の開発チームはスタッフの出入りが激しかったですが、ストーリー方面は加藤さんがしっかりとまとめてくれました。僕が所属していた元『聖剣伝説』のチームや、大阪チームは、半分くらいのスタッフが途中でほかのプロジェクトに移っているんです。けれども、加藤さんが率いていた元『クロノ・クロス』のチームは、最後まで多くのメンバーが残っていました。

  • 加藤

    大阪チームと聞いて思い出したのですが、プランナーに岩尾くん(岩尾賢一氏。『FFXI』の世界設定などを手掛けた元プランナー)がいましたよね。彼はものすごい設定オタクで、僕はシナリオに必要なところ以外は細かく関与していなかったのに、気がつくと彼が国や種族、植物、生態系などをどんどん深掘りしてくれるんです。僕自身が「ヴァナ・ディールってこんなに奥深い世界なんだ!」と驚かされたくらいですから、相当なものですよ(笑)。

  • 松井

    岩尾さんは開発チーム内でも有名でしたよ。岩尾さんがあまりにしっかりと設定を作り込んだため、あとで新しいエリアにモンスターを登場させようとしたときに、“設定上の矛盾が生じるから無理”となったこともありました(笑)。

  • 加藤

    彼もそうですけど、『FFXI』には個性的なスタッフが多く集まっていましたよね。

  • 松井

    本当にそう思います。『FFXI』はスタッフの総数が多くて、プロジェクトを移る人もけっこういたのですが、それでも残り続けてくれた人は、心の底からMMO(多人数同時参加型オンライン)RPGの可能性を信じて、「スクウェア初のMMORPGを成功させたい」という想いを強く持っていました。やっぱり、そういう人が集まると“濃い”ものができますよ。

もっとも苦労したのは初期のストーリーと『ジラートの幻影』の分割

  • “MMORPGでストーリーを楽しませる”という、これまで前例のない試みに挑戦した手応えはいかがでしたか。

  • 加藤

    とにかくたいへんでしたね。プレイヤーひとりひとりの進み具合が違うので、たとえばストーリー上で誰かが死んでしまったり、建物が破壊されたりといったイベント展開は、かなりトリッキーな技を使わない限り不可能になります。また、誰もがいつでも訪れることができる街などに一度登場させたNPCは、何があろうと退場させられないわけです。

  • その部分を聞くだけでも、ストーリー作りにおいて相当な制約があることがうかがえます。

  • 加藤

    しかも『FFXI』の発売当時はナローバンド(※)が当たり前で、プレイヤーによって通信環境も大きく違っていました。そういった人たちがいっしょにパーティを組んで、同じタイミングでイベントを見始めても、それぞれ見終わるタイミングが違う。そういった違いがあることを前提にしたイベント作りは、これまでのオフラインのRPGでは考える必要がなかったので、さまざまなハードルがありました。

    ※低速なネットワーク回線のこと。モデムを使ったダイヤルアップ接続やISDNがこれに該当する。対して、ADSLや光回線のことをブロードバンドと呼ぶ。
  • 松井

    6人のフルメンバーで長時間のイベントが発生すると、先に見終わった人が待つこともありました。とくに、イベントバトルが始まる直前にカットシーンを盛り込むときは、パーティメンバーどうしで足並みを揃えないといけないため、バトル担当としても気を使いましたね。

  • 加藤

    そんな苦労話の中でもいちばんなのが、開発作業の途中でストーリーを分割せざるを得ない状況になったことですね(苦笑)。

  • けっこう知られているエピソードですね。『FFXI』の初期構想は『ジラートの幻影』までのストーリーであり、サービス開始時点でそこまで実装する予定だったと。

  • 加藤

    開発途中で田中さん(田中弘道氏。『FFXI』初代プロデューサー)から、「正式サービス開始時にいまのストーリーを全部実装するには、エリアやモンスターなどの開発作業がぜんぜん間に合わない」と言われたのです。それで、「どうにかしてストーリーを短くして」と言われたのですが、そんなこと簡単にできるわけがないですよね(苦笑)。悩んだ末にしかたなく、ズヴァール城の“闇の王”をひとまずのラスボスという形にして、なかば強引にミッションに区切りを付けたのです。

  • 当時遊んでいた私たちにしたら、強引な区切りと感じた人はほとんどいなかったように思いますね。むしろ、闇の王はラスボスと呼ぶにふさわしい風格があり、そのバトルはとても盛り上がったのを覚えています。

  • 加藤

    どちらかというと、その後が大問題でした。拡張データディスクが発売され、ノーグへ行って『ジラートの幻影』のミッションを開始すると、じつはズヴァール城での出来事は、白昼夢のように記憶が飛んでいただけということを知らされます。当時は、その強引な展開についてプレイヤーから非難されないかと、冷や汗をかいていましたよ。

  • 確かに、ミッション5-2では闇の王との戦いを終えると、唐突に王の間から脱出するシーンに切り替わるんですよね。でも、「これは何かあるな」というような“匂わせ”に感じました。

  • 松井

    だいぶアクロバティックな展開でしたが、『ジラートの幻影』は『FFXI』にとって初の拡張データディスクということでお祭り状態でしたし、そのストーリーの幕開けということで許せてしまった人が多かったように思います。それに、『FFXI』のリリース時点で『ジラートの幻影』までを含めるには、僕が担当していたバトル班にとってもキツかった。田中さんが分割を判断してくれて助かりました。

  • いわゆる“ジラートエリア”のフィールド、ダンジョン、そしてモンスターも最初から含めようとしていたわけですからね。

  • 加藤

    僕はストーリーしか見ていませんでしたが、ほかの班は全体的にキツかったみたいですね。僕のチームでは、なるべく早い段階から若手に任せて分業する体制を整えていたのですが、松井さんたちバトル班は当時どういった感じだったのですか?

  • 松井

    バトルシステムというものは、大勢で作ると整合性が取れなくなるんです。そのため、僕を含めて3人という少人数の体制で進めていたのですが、『ジラートの幻影』が発売されるころまではつねにいっぱいいっぱいでしたね。

  • ちなみに加藤さんは、発売後の『FFXI』をプライベートでプレイされていましたか?

  • 加藤

    ええ。種族はヒューム、メインジョブは戦士で遊んでいましたよ。自分で書いたシナリオながら、“ジラートミッション”の展開にはうるっと来ました。でも、あのころのミッションは難度が高くて、半泣きになりながらプレイしていたなぁ(苦笑)。

  • 松井

    『ジラートの幻影』のころの『FFXI』はコンテンツがぜんぜん足りていなくて、“いかにプレイヤーの皆さんを飽きさせず、長く遊んでもらうか”ということに重きが置かれ、ああいったバランスにせざるを得ませんでした。加藤さんのおっしゃる通り、当時のミッションは難度がすごく高かったし、僕たち開発側としては状況を知りつつも申し訳なく思っていました。

  • 『FFXI』の初期のストーリーは、無知、驕慢、怯懦、嫉妬、憎悪というような、各種族が持ち合わせている“業”が色濃く反映されていました。これは、何か特別な意図が込められていたのでしょうか。

  • 加藤

    さすがに20年以上前なので、うろ覚えですが……。『FFXI』の各種族は、原初の世界に存在していたとされる、完全なる“シード・クリスタル”が5つに分かれたことで誕生しています。つまり、もともとはひとつの完成されていたものが分かれたことで、それぞれの種族は完全体ではない部分があると。そして、それらが再び統一されて世界が蘇るといった話を、クリスタルを通して描きたかったような記憶があります。

  • 『FFXI』内で登場する“石の記憶”の唄を思い出します。“すべての起こりは「石」だったのだ、と”。

  • 松井

    “石の記憶”と言えば、『FFXI』のオープニング曲である『Memoro de la Ŝtono(石の記憶)』の歌詞も加藤さんが書かれていましたよね。言語をエスペラント語(※)にしたという点も印象的です。

    ※母語が異なる人々どうしの意思伝達を目的とした人工言語。1887年に発表。
  • 加藤

    僕が作詞を行うときは、最初に日本語で書いて、それを必要に応じていろいろな言語に翻訳してもらっているんです。『ゼノギアス』のときは英語、『クロノ・クロス』のときは日本語だったので、『FFXI』ではどうしようかなと悩んでいました。当初はラテン語で考えていたのですが、音楽担当の植松さん(植松伸夫氏。『FF』シリーズ全般で楽曲を手掛けるコンポーザー)が「エスペラント語はどう?」とアドバイスをくれたのです。

  • 松井

    僕らの世代にとってエスペラント語はけっこうメジャーで、「世界中の人たちがこの言語を使えば、戦争もなくなるのではないか」といったロマンのようなものを抱いています。そういったイメージも相まって、とても素敵な曲ですよね。

  • ●当時の加藤氏のイメージスケッチ

※第8回 加藤正人 パート4へ

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