松井プロデューサーが、『ファイナルファンタジーXI』(以下、『FFXI』)とゆかりのある人物と対談を行う“プロデューサーセッション -WE DISCUSS VANA’DIEL-”。このインタビューが公開となる2022年5月16日で、『FFXI』はついにサービス開始20周年を迎えた。この記念すべきタイミングである第10回の対談相手は、『FFXIV』のプロデューサー兼ディレクターであり、『FFXI』のプロジェクトを統括する第三開発事業本部の事業本部長でもある吉田直樹さん。本セッションでは、吉田さんと『FFXI』との関わりにはじまり、吉田さんのスクウェア・エニックス入社までの経緯、そして事業本部長という立場から見た『FFXI』について語っていただいた。
スクウェア・エニックス取締役兼開発担当執行役員。『FFXIV』プロデューサー兼ディレクター、『FFXVI』プロデューサー。MMO(多人数同時参加型オンライン)RPGである『FFXI』や『FFXIV』などを手掛ける、第三開発事業本部の事業本部長でもある。
田中弘道氏から託された『FFXI』に対して、何をするべきか
- 松井
ついに『FFXI』が20周年を迎えるということで、我らが第三開発事業本部のトップである吉田さんとの対談となりましたが、ちょうど第10回ということで、プロデューサーセッションも「ついにここまできたか」と感慨深くもあります。改めて、今回はよろしくお願いします。
- 吉田
よろしくお願いします。
まず、吉田さんは『FFXI』のプロジェクトを統括する第三開発事業本部の事業本部長という立場にありますが、具体的に『FFXI』にどのように関わっているのかお聞かせください。
- 吉田
はい。最初から順を追って説明させてください。そもそも『FFXI』はスクウェア・エニックスにとって初めてのMMORPGということもあり、かなり特殊なポジションにありました。PCメーカーとのアライアンス事業の導入や専属の宣伝スタッフを用意したのも『FFXI』が初のケースですし、それを率いる弘道さん(田中弘道氏。『FFXI』初代プロデューサー)の存在は非常に大きかったのです。そして、弘道さんが見ていたもうひとつのプロジェクトである旧『FFXIV』の全権を僕が引き継いだのち、改めて『FFXI』のプロデューサーとして専念されていた弘道さんがスクウェア・エニックスを退社することになりました。その際に、弘道さんから「できれば『FFXI』も吉田くんのところでお願いできないか?」と相談を受けたのが始まりです。
そういう背景があったのですね。
- 吉田
僕自身も弘道さんにとてもお世話になっていましたし、MMOビジネスということであればと、当時僕が管轄していた第5ビジネスディビジョンでお預かりすることになりました。そうなったときに、責任者として僕が考えたのが、「多くの情熱的な人に支えてもらっている『FFXI』に対して、何をしなければならないのか?」ということです。その答えは、“1日でも長く『FFXI』の運営を続けていけるようにすること”でした。
- 松井
当時は田中さんしかわからないことも多くあり、吉田さんから詳細な内情調査があったのを覚えています。
- 吉田
しましたね(笑)。たとえば、開発にどれくらいのコストがかかっているのか、どの要素に何人を割り振っているのか、パッチサイクルはどうなっているのか、人件費とサーバー費はいくらなのか、といった数字に関わる部分です。これは、僕だけでなくプロデューサーになる松井さんにとっても大事なことで、それらの数字をしっかり把握してもらう必要がありました。そして弘道さんが退社されるからこそ、そこをしっかりわかる形にしていかなければ、そこから崩れて運営が成り立たなくなり、最終的に“サービス終了”という決断をせざるを得なくなってしまいます。もちろん心情としては、これまでの規模のまま続けていきたいという思いはありました。ですが、それを続けた結果、収支が合わなくなってしまうのがいちばんよくないことなのです。その部分を一度つまびらかにし、そのうえで、長く続けていくためにどこを圧縮して、どこを伸ばすかを考えるのが、僕が『FFXI』を引き取ってからの最初の仕事でした。
- 松井
この部分は未来を見据えるうえで、避けては通れないところでした。
- 吉田
“北米・欧州の言語対応はいつまでやれるか?”などもそうです。その調査の結果、北米にもまだまだニーズがあることが判明したので、そちら側のリソースを厚くしてプロモーションやPRもかけていこうと。ですが、海外のスクウェア・エニックスでは、当時ほとんど『FFXIV』に注力していて、『FFXI』にリソースを割けるスタッフがいなかったのです。そんな状況を変えるため、スクウェア・エニックス アメリカのほうに打診して、人を準備して、周年企画やプロモーション、コミュニティ施策を再度見直しています。その後は改めてチームと話し合い長期的な計画を立て、実務を松井さんたちに継続していただいて今に至ります。
現在の『FFXI』との関わりはいかがですか?
- 吉田
現在では、バージョンアップのスパンや内容の共有なども行っていますが、おもに収支面での関わりがメインです。たとえばこの対談企画もその一環ですが、プロモーションやPRの費用対効果をジャッジして、不足があれば代案などを提案する……といった感じですね。
そのあたりはスタンドアローンのゲームと違う感覚が必要になりそうです。
- 吉田
そうですね。MMORPGの場合、プロモーションやPRにお金をかけることには、プレイヤーの離脱を抑える効果があります。しかし、オンラインゲームのビジネスに触れたことがない人には、そこが理解しにくいのです。よく、「明確なプラスがなければお金が使えない」と言いがちなのですが、実際はその逆で、月額制MMORPGの運営では“維持すること”自体がプラスになります。一方でMMORPGビジネスの難しいところは、何もしないと定着率が下がっていく=利益が減るという点です。それを理解しているかどうかは非常に大きい。お金を使うところはケチらずゴーサインを出しますが、使うからには効果測定を行って、つぎに活かすようにしてもらっています。
なるほど。
- 吉田
逆に、ゲーム内容に関しては僕が中途半端に口を出すより、基本は松井さんたちにお任せすべきと考えています。ただ、新規プレイヤーや復帰者が遊びやすくなるような施策に関して、“第三者の僕が見て、導入UI(ユーザーインターフェース)がわかりにくい”と感じた部分には、対応をお願いしていたりします。
- 松井
2019年に『FFXI』のインストーラーを改修するときは、まず吉田さんにチェックしてもらい、わかりにくい用語、表現などを書き換えました。
- 吉田
こんなにも歴史のあるMMORPGなので、その入り口でつまずいてしまうのはもったいないですから。入り口を今の用語などに合わせた形にしていくことで、より入りやすくなるように指示を出しました。
- 松井
以前は、かなりわかりづらい専門用語がそのまま残っていました。20年も前の作品なので、当時のPCユーザー感覚で“そういう用語は基礎知識だ”と無意識にとらえていたのだと思います。
- 吉田
当時のPCユーザーは、グラフィックボードなどに詳しい人ばかりでしたから(笑)。そして時代が変わったからこそ、そういった専門用語に引っかからないようにするべきだと考えました。
- 松井
コミュニティのチャットまわりなども、吉田さんから今のスタンダードを教えてもらって修正していきましたね。
- 吉田
あとは、ひさしぶりに戻ってきた人たちがコミュニティに合流するときはどうしたらいいだろうか、というところなどもそうでしたね。MMORPG黎明期の作品だけあって、『FFXI』を“帰ってくる場所”と感じてくださっている人も多いのです。そういった人が復帰したときに、“バラバラに戻ってきて、誰とも再会しないままログアウトする”という未来が見えていたので、そこでうまく人をつなぐようにシステム側でフォローできるようにお願いしました。
- 松井
最近のゲームはコミュニティに気軽さを求めがちですが、『FFXI』はもっと密な関係のコミュニティがあったほうが楽しくなる作りをしているので、そこに立ち戻るようなアドバイスをもらっています。ほかには、第三開発事業本部からエンジニアを融通してもらうこともありました。
- 吉田
『FFXI』を黒字化して運営するには、サーバーエンジニアなどを365日24時間体制で“『FFXI』だけのコスト”で専任すると費用が大きくなってしまいます。ですので、第三開発事業本部としてエンジニア費用は『FFXIV』に紐付けしておいて、そのうえで『FFXI』側からエンジニアリングが必要な企画を上げてもらう。その内容を見て承認したのち、プログラマーにコスト見積もりをしてもらって話し合いを行います。そして、たとえば「3カ月間『FFXI』に注力します」となったら、コストはその3カ月分だけで済む。費用を抑えられます。これは部門としてふたつのMMORPGを運営しているからこそのメリットと言えますね。
MMORPGを複数運営しているからこそ、そういった合理的な動き方ができるのですね。
- 吉田
エンジニアが優先順位を見失ったときには、僕たちがプライオリティを決めることによって、迷うことなく効率よく作業できるのも強みだと思います。
吉田さんのスクウェア・エニックス入社までの経緯とさまざまな出会い
すでに各所でお話されていることとは思いますが、改めて吉田さんがスクウェア・エニックスに入社するに至った経緯を教えてください。
- 吉田
前職では、自分で企画と営業をしてプロジェクト承認をいただく……というスタイルで、合併前のエニックスと仕事をしていました。そのときに開発していたのは、PC用のオンラインゲームだったのですが、なんとこれを作っている途中でスクウェアとエニックスが合併することになったのです(苦笑)。
- 松井
ちょうどそのタイミングだったのですね。
- 吉田
その関係で、開発中のゲームも「PC向けのままでいけるかわからない」という話になり、実際に合併後には「プレイステーション2(以下、PS2)向けに作り直してくれ」と言われました……。当時でもPS2とPCのメモリ容量は段違いでしたので、正直「え、冗談ですよね?」と焦りました。
スクウェア・エニックスの合併タイミングというと、『FFXI』のサービスが始まった時期に近いですね。
- 吉田
冗談ではなさそうだ、ということで、PS2用にメモリマップを書き直しましたが、動かなくなる、メモリリーク(※)が発生する、読み込みが間に合わないなど、さまざまな問題が多発しました。そう言っているあいだに、今度は「“プレイオンライン”に対応させるから、そのためのメモリ領域も確保して」という話が出てきて(苦笑)。
※プログラムのメモリ領域を開放し忘れることで、やがて不具合が発生すること。 - 松井
なかなかの地獄ですね……。
- 吉田
んな、てんやわんやなときに、齊藤さん(齊藤陽介氏。『DQX』の初代プロデューサー)から「スクウェアの各事業部長が話をしたいと言っているので、東京に出て来られるか?」と声をかけられました。それで出向いてみると、会議室には齊藤さんや弘道さん以外に、石井さん(石井浩一氏。『FFXI』初代ディレクター)、北瀬さん(北瀬佳範氏。『FF』シリーズのブランドマネージャー)、河津さん(河津秋敏氏。『サガ』シリーズ総合ディレクター)、成田さん(成田賢氏。『FFXI』初代プログラムディレクター)、時田さん(時田貴司氏。『FFIV』のゲームデザインなどを担当)と、当時のスクウェア・エニックスを牽引しているそうそうたるメンバーが一同に会していて……。
それは緊張しそうです。
- 吉田
そこで弘道さんが音頭を取ってくれて、「君がいま作っているゲームの企画書を読んだけれど、我々の期待はとても高い。しかし、開発に苦戦していると聞いたので、なんとか助けられないかと思って皆に集まってもらった。そのために、現時点で困っている部分をすべて話してほしい」と。
- 松井
スクウェア・エニックス側の覚悟も見て取れますね。
- 吉田
そこで、メモリ調整に難航しているなどの問題点を改めて伝えました。それを聞いた弘道さんが、このゲームを“『FFXI』に次ぐオンラインゲームになれば”と期待してくれていて、「できるだけバックアップをしたい」とおっしゃってくれて。ちなみに、石井さんには「このゲームのバトルシステムには名前はあるのか?」と聞かれて、僕が「ないです」と答えると、「僕はバトルシステムに名前がないと売れないと思っているんだ」と言われたのが印象に残っています。
- 松井
石井さんとそんなやり取りが。
- 吉田
当時の家庭用ゲーム機のゲームは確かにその傾向があったと思います。僕はPCゲーマーでもあって、PC市場を見ていたので相違があって当然だと感じました。会議の場では、「世界で大ヒットした『Diablo(ディアブロ)※』の戦闘システムには名前はなく、あるのは『ハックアンドスラッシュ』というジャンル名です。でも、考えかたの違いであって、石井さんがおっしゃることもよくわかります。」とお答えしました。石井さんからは、「そうか、面白いね」と言っていただきました(笑)。
※『Diablo(ディアブロ)』は、アメリカのゲーム会社Blizzard Entertainmentから発売されたハックアンドスラッシュタイプのアクションRPG。MORPGの先駆け的なタイトル。
石井さんらしい視点だと思います。それにしても、田中さんからそんなアクションがあったのですね。
- 吉田
その後も弘道さんにいろいろ助けていただきました。僕は、自分が遊んだゲームの中で『FFXI』のガベージコレクション(※)が今でも世界一だと思っています。通常であれば、これを外部の人間に教えるなんてありえないのですが、そのソースとまでは言わずとも、せめてアルゴリズムだけでもどうしても教えてほしいとダメもとでお願いしたら、「構わないよ」とおっしゃっていただいて。成田さんも「担当プログラマーと話ができる場を手配するよ」と言ってくださり、それから3カ月後ぐらいにメモリ解決版を形にできました。ですが、今度は営業会議で「スタンドアローン部分……つまりシナリオモードをさらに追加しないとダメだ」という意見が出て、「すでに2回も作り直しを依頼しているのに、どうやって開発チームに伝えるのか……」と当時のスクウェア・エニックス社内でもかなり議論があったそうです。結果、そのゲームはペンディング(保留)という形で開発がストップしています。
※不要になったメモリ領域を自動的に解放する機能。 それは無念ですね……。
- 吉田
そうした中で、齊藤さんが「どうせだったら、ウチの会社に来てリベンジしないか?」と誘ってくれて、それがきっかけとなりスクウェア・エニックスに入社することになりました。ですから、じつは入社前からいろいろな人にお世話になっていて、契約社員で入ったにも関わらず“偉い人たちに顔見知りが多く、逆に中間の人たちとは面識が少ない”という不思議な状況でした。そういう意味では、ゲームを一生懸命作っていたら、いつの間にか大きなつながりになっていた……という感じで、「人生って面白いな」と思うときもあります。
- 松井
そうやって入社した方が、今や我々のトップですから(笑)。
- 吉田
じつはこの出来事は、僕が「『FFXIV』を絶対に立て直そう」と思った理由のひとつになっています。弘道さんにとてもお世話になっていたにも関わらず、期待を寄せてもらっていたタイトルを発売することができませんでした。だからこそ、「弘道さんに恩を返すにはこれしかない」いう気持ちを抱いたことが大きいです。
松井さんは、その当時のお話を知っていましたか?
- 松井
いえ、初耳です。ただ、ガベージコレクションの話には当時の僕も思うところがありました。ゲームシステムでクラッシュする要因は、メモリ管理という意味でガベージコレクションに問題があることが多いのです。ですので、戦闘中に装備をどんどん切り替える『FFXI』に対しては、どちらかというと「よく挑戦できるな……」と思っていました。『FFXI』はすごく優秀なプログラマーが集まって作っていたので、そういう意味では逆に内部から見ると“ありがたみ”に気づけなかったのかもしれませんね。
- 吉田
あのガベージコレクションは、本当に天才的だと思いますよ。メモリには必ずゴミデータが溜まってしまうので、複雑な運用をすると、どうやってもフリーズやクラッシュが頻発する運命にあります。それにも関わらず、『FFXI』のグラフィックスの精度で運用してハングアップしないのは異常なことで、“奇跡”だと思っています。今なお『FFXI』が存続できているのは、間違いなくそのおかげだと思います。