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プロデューサーセッション -WE DISCUSS VANA’DIEL-
第10回 吉田直樹 パート2

松井プロデューサーが『ファイナルファンタジーXI』(以下、『FFXI』)とゆかりのある人物と対談を行うスペシャル企画“プロデューサーセッション -WE DISCUSS VANA’DIEL-”。第10回の対談相手は、『FFXIV』のプロデューサー兼ディレクターであり、さらには『FFXI』のプロジェクトを統括する第三開発事業本部の事業本部長でもある吉田直樹さん。パート2では、吉田さんのMMO(多人数同時参加型オンライン)RPGの原体験や、“『FF』のMMORPGであること”についてのこだわりについて語っていただいた。

吉田直樹

スクウェア・エニックス取締役兼開発担当執行役員。『FFXIV』プロデューサー兼ディレクター、『FFXVI』プロデューサー。MMORPGである『FFXI』や『FFXIV』などを手掛ける、第三開発事業本部の事業本部長でもある。

MMORPGのコアプレイヤーとしての経験が活きる開発

  • 吉田さんはMMORPGのプレイ歴もかなりのものとうかがっています。そんな吉田さんにとって、“MMORPGの原体験”はどの作品だったのでしょうか?

  • 吉田

    βテストから遊び続けていた『Ultima Online(ウルティマ オンライン)』(以下、『UO』。※)です。プレイ前に「鹿を倒して素材を手に入れ、それでベストを縫うと高く売れる」という話を聞いて、何を言っているんだ? と興味を持ったのが始まりです。実際にプレイしてみたら、確かに僕も鹿を倒してベストを売っていました(笑)。そうやってお金も儲けつつ、自分も強くなれるという感覚はとても新鮮でした。あとは、“3000人が同時に遊べる”と知ったときの衝撃も大きかったです。それまでオンラインゲームは『Diablo(ディアブロ)』(※)しか知らなかったので、僕の常識は4人が上限だったのです。

    ※『Ultima Online(ウルティマ オンライン)』は、1997年にサービスが開始された、MMORPGの草分け的なタイトルとなる。
    ※『Diablo(ディアブロ)』は、1996年に発売されたハックアンドスラッシュ系アクションRPGで、こちらはMO(複数プレイヤー参加型オンライン)RPGの先駆けとなるタイトル。
  • 松井

    ユーザーがモノをマップ上におくことができるゲームシステムなので、データの通信量とかとんでもないことになってそうですね。

  • 吉田

    じつは、そこはそうでもないのです。『UO』は2Dの見下ろし型で、3DCGではありません。フィールドもセル(※)の概念になっていて、パターンテーブルにセルが一式詰め込まれおり、セルからセルへの移動でしか考えていません。いまで言うメッシュみたいな感じですね。あの発想が天才的で、そのセル情報をゲームマスターがリアルタイムで書き換えられるレベルでした。これもすさまじい設計です。あれを超えるサンドボックス系MMORPGはいまだに生まれておらず、ひとつの究極の形だと思います。

    ※コンピュータの計算で用いられるマス目のこと。
  • 松井

    当時、吉田さんはすでにゲーム開発に従事されていたと思いますが、その時点で「いずれMMORPGを作りたい」という意欲は持っていましたか?

  • 吉田

    そうですね、最初にMMORPGの企画書を書いたのは、ゲーム業界に入って3年半目くらいだったと思います。当時のハドソンでは「いつかシリーズものだけでは立ち行かない時代が来る」と考えられていて、新規プロジェクトのコンテストがたびたび開かれていました。そのときに3本くらい企画を書いていて、そのうちのひとつが宇宙開拓もののMMORPG企画でした。ちなみに、ほかは“『ダンジョンエクスプローラー』(※)をプレイステーション2(以下、PS2)のマルチプレイで復活させたい”という企画で、もうひとつはFPS(一人称視点シューター)系のマルチプレイゲームでした。

    ※1989年にハドソンが発売したPCエンジン用のアクションRPG。
  • MMORPGの黎明期から企画を温めていたわけですね。

  • 吉田

    当時、PS2の開発機材がハドソンに届いていて、インターネットの仕様も把握していたので、この状況であれば実現できるとは思っていました。ですが、僕は当時からPCユーザーだったので、その企画も“MMORPGならPCで作ろう”と書いた覚えがあります。

  • ちなみに、松井さんもオンラインゲームはPC派でしたか?

  • 松井

    そうです。ただ僕の場合は入り口が逆で、PS2でネットゲームがなかったので「だったらPCを買ってプレイしてみるか!」と始めた感じですね。吉田さんは『UO』にハマったとのことですが、同様に知名度の高いMMORPGである『EverQuest(エバークエスト)』(以下、『EQ』。※)はいかがでしたか?

    ※『EverQuest(エバークエスト)』は、1999年に米国でサービスを開始した海外産のMMORPG。
  • 吉田

    僕も少しだけ『EQ』に触れたのですが、“これにハマったら生活に支障が出る!”と思って『ダークエイジオブキャメロット』(以下、『DAoC』。※)のβテストに逃げました(笑)。じつは『EQ』のローンチのタイミングは『爆ボンバーマン2』の仕事がかなり忙しくて、触ったタイミングはいわゆる“後発組”でした。そして、いざ触ってみたらレベル8くらいまで一睡もしなかったんですよ……。

    ※2001年にサービスを開始した、Mythic Entertainment社開発のMMORPG。戦闘や探検に比重を置き、多人数対多人数(Realm vs. Realm)の大規模プレイヤー対戦が特徴。
  • 松井

    当時の『EQ』のゲームデザインからすると、レベル8まではかなりの時間が必要だったのでは……。

  • 吉田

    ええ(笑)。同僚たちも『EQ』にハマリすぎて、会社に来ないどころか誰も現実世界に帰ってこない状況で。連絡を取るにしても、ノーラス(『EQ』の舞台)で捕まえたほうが早かったです。会社の向かいのマンションに住んでいた先輩が、“会社のネット回線を家に引っ張れないか”と画策していた、なんて思い出もあります。それ完全にアウトですからね(笑)。

  • 松井

    オンラインゲーム黎明期あるあるですね(笑)。

  • 吉田

    さすがにこれはヤバイと我に返ったときに『DAoC』のβテストが始まるという話を聞いて、「『EQ』で世界一を目指すのはリアルがヤバいから『DAoC』で目指そう」と舵を切りました。

  • 吉田さんは、『DAoC』でトップランカーとしてかなり有名でしたよね。そんなMMOライフ絶頂期の最中に、『FF』という巨大なIPがMMORPGに挑戦するという話が吉田さんの耳に入るわけですが、そのときの心境はいかがでしたか?

  • 吉田

    正直に言えば、「『EQ』を『FF』化するんだな」と、本当にわかりやすいビジョンが見えました。プレイするかどうか非常に悩みましたが、『FFXI』のことを調べれば調べるほど、「これは危険だ!」と、これまで避けてきた『EQ』の影がチラついて(笑)。

  • 『EQ』と『FFXI』をかなり近いものとして見られていたのですね。

  • 吉田

    僕の中ではそうですね。「MMORPGというジャンルを、『FF』を使って多くの人に知らしめる」のだろうと。ただ、このムーブメントは『FFXI』が初めてではなく、これまでのゲーム業界ではよく見られた現象です。たとえば、かつてTRPGをコンピュータ化した、『ウィザードリィ』や『ウルティマ』。RPGをコンソールゲームにローカライズした、『ドラゴンクエスト』や『ザ・ブラックオニキス』という前例があります。これと同様です。

  • なるほど。

  • 吉田

    そういう考えもあって、当時は『DAoC』で世界ランカーを目指していましたし、「もう少し後から始めてもいいかな」という感覚でした。ただ、ゲームの情報自体は追っていて、たとえば「“モンスターにファーストアタックをしたチームが占有権を得る”というシステムは、“家庭用ゲーム機のプレイヤーどうしにモンスターの取り合いをさせてはいけない”という思想から作られたものなんだな」など、仕様の理屈に考えを巡らせることは何度もありました。

  • 吉田さんにとって、『FFXI』は研究の対象だったのですね。

  • 吉田

    そうです。色々なMMORPGをプレイしてきた自分としては、「全員で殴って貢献値で戦利品の分配を決める」のがベストかな、と考えていました。ファーストアタック方式では、けっきょく“ファーストアタック争い”が起こりますし、ツールによる“モンスターのパケットへ直接攻撃”が起こる可能性もあります。「際どいところ攻めるなぁ」と思ったのを覚えています。

  • 松井

    “ファーストアタック問題”は、僕も最初のうちはけっこうとまどいました。ですが、実際に自分たちが『EQ』に触れたうえで、ルート権(戦利品の入手権)の取り合いに関しては、「これは日本人の気質的に受け入れられないな」と考えました。ルート権の取り合いでは“揉めたときに声を上げて戦う意思”や“自分の利害を当事者どうしで話し合うこと”が必要になるのですが、そういったことが日本人は苦手なので、なるべくフェアな形にシステム側で制限をかけた感じです。同様の理由から、プレイヤーキルやキルスティール(※)といった治安の悪化につながりそうな対人要素は、いっさい排除しました。

    ※ほかのプレイヤーが戦闘している対象を横取りして倒すこと。
  • 吉田

    “ユーザーを先回りして守ってあげよう”という考えかたは、家庭用ゲーム的な発想ですごくいいところだと思います。逆に、北米系MMORPGの“モンスターを殴りまくり、与えたダメージでルート権を決めよう。そういうルールだからダメでも納得する”も、とてもわかりやすい。どちらがいい悪いではなく、どちらにもメリット・デメリットがありますね。

  • 松井

    MMORPG初心者である日本人寄りのシステムを採用した感じですね。

濃密なストーリーは“『FF』のMMORPG”としてのマスト条件

  • システム的な話になりましたが、ガベージコレクション(※)以外で吉田さんが“『FFXI』で優れている”と感じた部分はどこですか?

    ※不要になったメモリ領域を自動的に解放する機能。
  • 吉田

    『FF』を、MMORPGという“世界を共有する遊び”にどう落とし込むか。それを考えたときに、自分を投影しやすい作りになっている『FFIII』のジョブシステムを踏襲し、さらにストーリーにもこだわりをもったMMORPGとして『FFXI』は完成しました。これは、『FFIII』を世に送り出した弘道さん(田中弘道氏。『FFXI』初代プロデューサー)だからこそできたものだと思っています。単にMMORPGを作るのではなく、“『FF』のストーリーをMMORPGにする”ということ。まさにそれこそがMMORPGの革新であり、それを初めて成し遂げたのが『FFXI』なのは疑いようがありません。

  • 松井

    じつは『FFXI』の開発チームにも、最初は“MMOにストーリーはいらない派”の人がいたので、企画の段階から“ストーリーをひとつの軸として据えよう”という形にはなっていなかったのです。当時のMMORPGはレベル上げがプレイ時間の大部分を占めるものがほとんどで、ゲームのプレイ時間もレベルもバラバラ。さらにはストーリーの進行度も異なる……そういった状況でどうやって足並みを揃えるのか、と。

  • やはり、そういった意見もあったのですね。

  • 松井

    ですが、当時の『FFXI』開発スタッフには、『クロノ・クロス』などで名ストーリーを生み出した加藤さん(加藤正人氏。『ジラートの幻影』までのプロットを担当)や木越さん(木越祐介氏。元『FFXI』プランナー)がいたので、だからこそストーリーを強みにしたゲーム作りをしなければ意味がないだろうと。人材配置の妙と言いますか、僕のようにシステム寄りの人間ばかりの開発チームであったなら、いまの『FFXI』のような形にはできなかったと思います。

  • 吉田

    当時はどれくらいの人が『FFXI』に関わっていたのですか?

  • 松井

    あの当時、『FFXI』と並行して動いていた、『FFIX』、『FFX』などに関わっていない残り全員ですね。大阪の『パラサイト・イヴ2』チーム、『ブレイヴフェンサー 武蔵伝』チーム、東京の『聖剣伝説』チームと『クロノ・クロス』チームが協力して作っていました。「これだけいれば、いいものが作れるだろう!」というような、必勝の空気がありましたね。

  • 吉田

    そんな濃いメンバーがいる中でシナリオ班にアサインされたなら、「よし、いいストーリーを作るか!」となりますよ(笑)。

  • 松井

    ですよね(笑)。

  • 吉田

    やはり、ゲーム作りではパワーが大事ですね。ここでいうパワーというのは、ものすごい熱量や物量とでも言いますか……。よくネタで「力こそパワー」と言いますけど、あれもあながち間違いではないのです。以前、坂口さん(坂口博信氏。『FF』シリーズの生みの親のひとり)に「“明日から全員『FFXI』ね”とみんなに号令出したんじゃないですか?」と率直にぶつけたことがあったのですが、そうしたら苦笑いしながら「ギリギリまでは待つけど、いざとなったらね」と笑っていました。

  • まさに“いざというときは総力戦”という感じですね。

  • 吉田

    世の中、勝つときはそうなるかもしれませんね。そのせいで各々がそれまで取り組んでいたタイトルがペンディング(保留)になったり、開発が停滞したりするため、それぞれの個人としてはいろいろ感じるところが出てくるでしょうが、当時のゲーム開発事業というのはそういう文化・風土だったのだと思います。

  • 松井

    ネットゲーム黎明期である当時の“MMORPGに取り組む”というチャレンジは、本当にそういう感じでした。「総力を挙げてMMORPGに挑戦だ!」という空気は、開発者個人が“それとは違うことをやりたいとは言い出せない大義名分”でもありましたが、“MMORPG開発から逃げることのほうがチキンになってしまう”とも感じましたね。

  • 少しお話が戻りますが、ストーリーという意味では、『FFXIV』も世界的に高評価を得ています。『FFXIV』を指揮するにあたって、やはり当初から『FF』らしいストーリーは意識されましたか?

  • 吉田

    ストーリーがなければ、『FF』でMMORPGを作る意味がないと思っているので、そこはマストです。さらに僕は、ナンバリングとして『FFXI』の次を目指すなら、“MMORPGだけれどもプレイヤーひとりにフォーカスするストーリー作り”に挑戦したいと考えていました。“あなたが英雄です”と明確に提示されているMMORPGはまだなかったので、それを突き詰めてわかりやすく世界を救ってもらおうと。

  • その部分は、吉田さんが『ドラゴンクエストX オンライン』の開発を経験したから、という部分が大きそうですね。

  • 吉田

    それは大いにあると思います。MMORPGでは“プレイヤーキャラクターがしゃべれない”という縛りがあるものの、それでも“あなたの物語です”と定義したほうが没入感も増し、ゲーム体験としても大きくなっていきます。

  • それが『FFXIV』の大成功を支えた一因になったわけですね。ちなみに、初期の『FFXIV』ではプレイヤーキャラクターの感情表現を抑えていたそうですが、それも没入感を増すための一環でしょうか?

  • 吉田

    まだプレイヤーがゲームになじんでいない状態で自分のキャラクターが過剰な演技をすると、「これは自分じゃない」となりかねないというのが理由です。『FFXIV』のストーリーが進んだ後は自分とキャラクターとのリンクが強まっているはずなので、最近はけっこう感情表現をするようになっていますね。

  • 松井

    イベントのカットシーンの中でプレイヤーの感情表現を勝手にされると、覚める人が少なからずいますからね。

  • ストーリーの話も出たので少し中身にも踏み込みますが、『FFXIV』では『FFXI』でおなじみのモンスターや武器、アクション名などが出てきます。こうした引用は、『FFXI』出身の開発者のアイデアなのでしょうか?

  • 松井

    いえ、示し合わせて“こうしよう”という話はしていません。ただ、『FFXI』と『FFXIV』は同じ“『FF』のMMORPG”という位置づけですので、過去作品のモンスターやアイテム名などを拝借していることもあり、同じ名前が登場するのはある程度必然ですね。また、『FFXIV』は『FFXI』の後継作として企画がスタートしているので、意識的に『FFXI』の要素を入れるようにしています。武器の名前に関しても、そもそも『FFXI』がさまざまな神話などから引用しているため、かぶらないほうが難しいですね(笑)。

  • 吉田

    世界設定担当者とアイテム担当者の『FFXI』リスペクトはすごく強いので、現場の遊び心と、彼らの歴代シリーズに対する想いも大きいと思います。とくにアイテム担当の林(林洋介氏。現『FFXIV』リードアイテムデザイナー)は、『FFXI』でもアイテムの開発を担当していてその歴も長いので、“これを持って来れば『FFXI』出身のプレイヤーも喜んでくれるだろう”と、思い出を想起するアイテム名を付けてくれていると思います。僕がそこに対して方針を指示したことはありませんが、歴代シリーズでもものすごく重要なポジションのアイテム名を使うときは、確認してくれと伝えてあります。

  • 松井

    『FFXI』も『FFXIV』も長く続いているタイトルなので、各種の命名には正直とても苦労しています。

  • 吉田

    とくに、ジョブ名は本当に苦しいですね(苦笑)。名前だけ似ていても意味がなくて、それぞれのデザインにあったゲーム体験が必要ですから。もう過去の『FF』シリーズに登場していない、新しいジョブを生み出していかないとな、と考えています。

  • すでに『FFXI』は22、『FFXIV』は20もジョブが用意されていますからね。

  • 松井

    新ジョブのバトルでの役割は、新たな要素を足さない限り、既存のジョブでまかなえていたところに差し込む形になっていきます。かと言って、特定のジョブの上位版を出すわけにはいきませんし、ほかのジョブでも同じような体験ができるのであれば、新規に出す意味がありません。そういう意味で、新ジョブを作るのはとても難しいですね。

  • 吉田

    ジョブ数が固定でバランスが取れていればシステム的には足す必要がなく、そこに新たに加えれば波風が立つのは明白なので……。とはいえ、新しいゲーム体験を提供するためにも、新ジョブは必ず用意しなければならないですから。

  • 松井

    拡張データディスクの『プロマシアの呪縛』のときには新ジョブを足さなかったのですが、そのときに海外のメディアから「拡張パッケージを出すのに新ジョブを追加しないのはなぜなのか?」と激しく突っ込まれました。拡張パッケージをリリースするときに、目玉となるジョブか種族のどちらかを用意するのは、ある意味様式美なのかもしれません。

※第10回 吉田直樹 パート3へ

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