松井プロデューサーが『ファイナルファンタジーXI』(以下、『FFXI』)とゆかりのある人物と対談を行うスペシャル企画“プロデューサーセッション -WE DISCUSS VANA’DIEL-”。第10回の対談相手は、『FFXIV』のプロデューサー兼ディレクターであり、さらには『FFXI』のプロジェクトを統括する第三開発事業本部の事業本部長でもある吉田直樹さん。最後のパート4では、ゲームプロデューサーとしての心構えや『FFXI』の今後について聞いた。
スクウェア・エニックス取締役兼開発担当執行役員。『FFXIV』プロデューサー兼ディレクター、『FFXVI』プロデューサー。MMO(多人数同時参加型オンライン)RPGである『FFXI』や『FFXIV』などを手掛ける、第三開発事業本部の事業本部長でもある。
どんなにおもしろくても“赤字は絶対にNG”
吉田さんがゲームをプロデュースするうえで、プレイヤーに対して、そして中のスタッフに対して、それぞれ何を重視しているのかを教えてください。
- 吉田
僕は単純で、“自分も、作っている人も、そして遊んでくれている皆さんもワクワクできるかどうか”……それだけなんです。「なんかおもしろそうだからノッておくか!」みたいな感覚は、エンターテインメントである以上、必要なものです。『FFXI』も『FFXIV』も開発チームは現役プレイヤーばかりなので、「新しいことをやるぞ」と開発チームに話したときに、笑うかネタに食いつくか、あるいは苦笑いをするかくらいの反応がないと、挑戦しても失敗するだろうなと思います。
- 松井
以前にこの企画で対談させていただいた齊藤さん(齊藤陽介氏。『DQX』の初代プロデューサー)も、同じようなお話をされていました。
- 吉田
たとえば、つぎの拡張パッケージで目指すところについて、全開発/運営チームを集めてプレゼンするのですが、その時点で「新ジョブはこれか!」という反応になるようなものにしなければ、お客さまに受け入れてもらえるはずもありません。最近の出来事として、今年(2022年)の2月19日に、“『FFXIV』の新しい挑戦”と銘打って、つぎの10年に向けてのお話をYouTubeで放送しましたが、じつはその放送1週間前に、開発/運営チーム全員を集めて同じ話をしたのです。そのときに全員がニコニコしていたので、「これなら大丈夫だろう」と思ったのを覚えています。これは『FFXIV』に関わらず、ハドソンにいるときから意識していることで、デザイナーやプログラマーがしっかりと反応するかどうかは大事にしていますね。
- 松井
作り手も当然、楽しまなくてはモチベーションが上がらないですから。
- 吉田
もうひとつのこだわりとして、“赤字は絶対にNG”と決めています。どんなにおもしろくて、どんなに意気込んでも、赤字になる未来が見えるものには許可を出しません。赤字ではつぎにつなげられないので、石にかじりついてでもトントンにしろと言っています。そうすれば、会社側は「収益的にトントンだったけど、つぎも挑戦させてみよう」となりますが、赤字ではどんなにおもしろくても「売れないよね」で終わってしまうからです。
- 松井
吉田さんのキャリアの中で培ってきた、譲れないところですね。
- 吉田
自分たちが好きなものを作るためには、お客さまからの信頼だけでなく、会社からの信頼もすごく大事なので、これは是が非でも守ります。そうすれば「第三開発事業本部や吉田が言うのであれば、『FFXI』もまだ維持でいいだろう」となります。信頼関係や信用は、お客さまだけでなく、同じ会社、チーム、部門でも大事なことです。
- 松井
逆に、僕はゲーム業界での初仕事が『FFIV』で、当時はゲームを出せば売れるような時代だったこともあり、あまりそういう心配をしないで済みましたね(笑)。
- 吉田
うらやましい(笑)。これは時代なのでしかたがないですが、僕がスクウェア・エニックスに来たときに「スタッフが純粋すぎるなぁ」と感じたのは事実です。「せめてCPUやGPUの費用対効果は考えてほしいよ」と思ったことは何度もあります。グラフィックスのアーティストが先鋭化しすぎて、どんな要望もプログラマーたちが魔法使いのように何とかしてくれるものと思ってしまっているところがあって……。この風潮は旧『FFXIV』の失敗の遠因であり、あれはよくないと本当に思いました。
吉田さんが『FFXI』を引き継いだ際に、数字まわりをきびしく見たとのお話がありましたが、そういう背景があったんですね。ちなみに、松井さんは当時のことは覚えていますか?
- 松井
僕はもともとバトルプランナーなので、数字をいじること自体は好きなのですが、上がってきた数字をまとめることは慣れていても、数値を見て未来を描くというのは正直怖かったです。お金に限って言っても、自分の給料の何千倍の額をエクセルで扱って、その値の妥当性をどう担保するか……。これは今でも怖いです。
そういう意味でも、MMORPGに理解のある吉田さんが開発事業本部のトップというのは僥倖ですね。
- 松井
そうですね。そういう原則をきびしく話し合ったうえで、あとでこっそり「ぶっちゃけ、こうでいい」ということも教えてくれるのも助かっています(笑)。シビアでありつつ、フレキシブルでもあって。「広告費は本当にこの通りにいくかはわからないが、数値の根拠となるところはしっかり用意すること」という感じでフォローしてもらっています。
- 吉田
僕にとって数字は、情熱の現れです。「これだけやってみせます。そのためには、これだけの金額を使わせてください」というように、しっかりと筋が通っていて、その数字も“当たらずといえども遠からず”という印象であれば、それでいいと思っています。
それがひとつの指標なのですね。
- 吉田
逆に何の目標もなく、「やってみたいからお金を使おうとする」には絶対にOKを出さないです。それではつぎにつながらない。野球でも、それまでの配球を見て予測を立て、つぎの球種のヤマを張ってバットを振ります。反射で打てる天才は別として、そういうものだと思うのです。さらに、その一球でゲームは終わらず、つぎに続いていきます。その球を打てたらつぎの予測を始め、空振りしたら、外した理由を分析する……それが大事です。何も考えずにバッターボックスに立ってバットを振るのは、プロならしないと思うのです。
- 松井
そうですね。
- 吉田
ぶっちゃけて言えば、当たるか当たらないか、最後は結果が出ないとわかりません。ですが、まずは他人を納得させ、みんながそれを信じて動けるような柱や根拠が大事なのです。先ほどの『FFXI』の話も同じで、かつては弘道さん(田中弘道氏。『FFXI』初代プロデューサー)という絶対的な指針があったからこそやって来られました。今はその根拠をチームとして提示して、前に進んでいきましょう、ということです。
第三開発事業本部のトップから見た『FFXI』の未来
プロデュースという意味では、現在の『FFXI』を支えているプレイヤーにとって、“サービスがどこまで続くのか”という部分も気がかりな点です。MMORPGのサービス終了のタイミングについてはどうお考えですか?
- 吉田
それがいつかという話ではありませんが、とくに『FFXI』は開発機材の寿命というリミットも抱えていて、これが物理的な限界になってしまいます。バグフィックスやサーバーの維持はできるけれど、新しいコンテンツが追加されない“メンテナンスモード”がいつかは訪れてしまいます。僕としては、これだけ皆さんの思い出が詰まっていて、今なお思い出を作っている人たちのために、その状態になったとしても、第三開発事業本部全体で利益が出ているあいだは、サーバーを開け続けていく心持ちでいます。仮に『FFXI』単体で収支が合わなくなってきても、これまで“MMORPGの『FF』”を支えてきてくれたお客さまへの恩返しも含めて、できるだけサーバーを開けておくつもりです。
- 松井
そのためにも、第三開発事業本部全体としてがんばっていかないといけませんね。
- 吉田
この先、メンテナンスモードになったとしたら、月額課金はどうするのかなど、いろいろ考えなくてはいけません。でもまだそのときではなく、松井さんたちががんばっていますから、まずは最高の20周年を迎えましょう!
当面は安泰と考えてよろしいですか?
- 吉田
『FFXI』開発チームも、この2年のあいだにサーバーのバーチャルマシン(VM)化など運用コストを下げるための努力をずっとやってきていて、そのコストは限りなくミニマムなものになっています。それで安定して運営もできているので、まだまだ大丈夫です!
- 松井
そろそろお時間ですので、名残惜しいですが締めの言葉を……。20周年を迎えた『FFXI』とそのプレイヤーに向けて、ひと言メッセージをお願いします。
- 吉田
まずは肩書きを付ける前に、ひとりのMMORPG大好きおじさんから、皆さんに感謝をお伝えしたいと思います。『FFXI』の熱狂があったからこそ、日本や家庭用ゲーム市場に、オンラインゲームという文化が根付き始めました。まだまだ現役の方はもちろんのこと、今は『FFXI』をプレイされていない方も含め、これだけの長い期間『FFXI』を愛し続けてくれている皆さんには、お礼の気持ちしかありません。本当にありがとうございます。
- 松井
第三開発事業本部長としてはいかがですか?
- 吉田
『FFXI』開発/運営のスペシャリストたちが、プレイヤーの皆さんに20周年を楽しんでもらったうえで、さらに先へと進んでいこうと努力し続けてくれていることについて、全幅の信頼を置いています。今、僕ができることと言えば、1年でも1カ月でも1日でもヴァナ・ディールという世界を維持し続けるために、第三開発事業本部長としてがんばることです。皆さんがいつでも帰って来ることができる場所、いつでも居続けられる場所として、第三開発事業本部全体でサポートしていきますので、ぜひこれからも楽しんでもらえるとうれしいです。社長にも「第三開発事業本部全体で利益が出ているうちは、メンテナンスモードに入ったとしても『FFXI』はしばらく続けます」と伝えてありますので、引き続き冒険の旅をお楽しみください!