松井プロデューサーが、『ファイナルファンタジーXI』(以下、『FFXI』)とゆかりのある人物と対談を行う“プロデューサーセッション -WE DISCUSS VANA’DIEL-”。第8回の対談相手は、『FFXI』において『ジラートの幻影』までのストーリーを手掛けた加藤正人さん。最終回のパート4では、加藤さんが『FFXI』の開発を振り返って改めて感じたことや、20年もの長きにわたって続くMMO(多人数同時参加型オンライン)RPGの重みについて語っていただいた。
数多くのゲームで企画・世界設定・シナリオ・演出などを手掛けるクリエイター。スクウェア在籍時は『クロノ・トリガー』、『ゼノギアス』、『クロノ・クロス』などを手掛けたのち、『FFXI』でストーリー全般を担当。『FFXI』初の拡張データディスクとなる、『ジラートの幻影』までのプロットをまとめ上げた。またスクウェア退社後も、2009年に追加シナリオ3部作『石の見る夢』、『戦慄!モグ祭りの夜』、『シャントット帝国の陰謀』のシナリオを担当。現在はグリーに所属し、シナリオ・演出を手掛けたシングルプレイ専用RPG『アナザーエデン 時空を超える猫』が好評を博している。
追加シナリオ3部作を引き受けたワケ
加藤さんは『ジラートの幻影』が発売される前の2002年に開発チームを離れられるわけですが、その7年後の2009年に、追加シナリオ3部作『石の見る夢』、『戦慄!モグ祭りの夜』、『シャントット帝国の陰謀』のストーリーを手掛けられます。このときは、どういったいきさつがあったのですか?
- 加藤
田中さん(田中弘道氏。『FFXI』初代プロデューサー)からの依頼でした。このお話をいただいたときは「6年以上もプロジェクトから離れていて、もう何も書けませんよ」と後ろ向きだったのですが、田中さんに「『FFXI』はもう終わるから、最後にもう1回書いてよ」と言われてしまって……。そこで、開発チームから離れたとはいえ『FFXI』には感謝していますし、最後の恩返しのつもりで引き受けることにしました。
- 松井
えっ!? あのとき田中さんは『FFXI』を終わらせようとしていたの……?
- 加藤
そう聞こえますよね? ところが、「これまでの『FFXI』の総決算のようなストーリーでいいですか?」と僕が尋ねると、田中さんは「いや、オリジナルエリア(※)だけで楽しめる、軽めのやつがいい」と言っていて、どうもつじつまが合わない。よくよく聞いていくと、「いままで遊んできたプレイヤーに対するファンサービスで、最近始めた人でも手軽に遊べる3本の短編シナリオ」だと白状してくれました。最初の話とぜんぜん違うじゃないですかという(笑)。
※拡張コンテンツを登録していなくても行き来できるエリア。
- 松井
その話、いま初めて聞いた(笑)。
- 加藤
そこで、僕が開発当時に構想していた“『FFXI』の終わらせかた”を再解釈した『石の見る夢』と、ホラーテイストの『戦慄!モグ祭りの夜』、そしてみんな大好きなタルタルの笑える話ということで『シャントット帝国の陰謀』の3シナリオを書いて、そこから先は佐藤さん(佐藤弥詠子氏。『FFXI』プランナー)や齋藤さん(齋藤富胤氏。『FFXI』プランナー)に手伝ってもらいました。ちなみに齋藤さんは、『FFXI』開発初期は新人のプランナーだったのですが、この追加シナリオを作るころにはしっかりプロジェクトを主導する存在になり、カッコよく仕上げてくれました。「成長したな、齋藤!」とうれしかったですね。
20年の歴史を積み重ねるMMORPG
そんな『FFXI』ですが、今年(2022年)でついに20周年を迎えます。加藤さんの率直な感想はいかがですか?
- 加藤
僕は『ジラートの幻影』以降、追加シナリオ以外は『FFXI』にノータッチですし、そもそもふだんからゲーム関連の動向もあまり追わないようにしているんです。ですから、今回の対談の打診自体にも驚きましたし、改めて20年という時間を感じました。『FFXI』の開発中に、松井さんの奥さんが、生まれたばかりのお子さんを会社に連れてきたことがあったのを覚えています。つまり、あのときのお子さんが、もう二十歳ってことですよね。
- 松井
ちょうど今年、成人を迎えます(笑)。
- 加藤
ちなみに、いまの『FFXI』はどういった形でサービスが続いているのですか?
- 松井
さすがに開発チームは縮小していますが、これまでに作り上げたリソースが膨大にあるので、それらを活用してうまいことやりくりしている感じですね。また、現在のプレイヤーは世界の隅々まで熟知しているので、それを前提としたシナリオ作りができるのは、ほかのRPGにはない強みです。ストーリーに関しては、ウィンダスミッションや『プロマシアの呪縛』を手掛けた佐藤が中心になって、新シナリオの『蝕世のエンブリオ』を展開しているところです。
- 加藤
ストーリーも現在進行形で続いているんだ。それはすごい!
- 松井
MMORPGは一時期、“フリー・トゥ・プレイ(F2P)”すなわち“基本プレイ無料+アイテム課金”の波が押し寄せていたのですが、そういった中で『FFXI』が定額制(月額課金)のビジネスモデルを貫いたのもよかったですね。仮にF2Pにしたとすると、訴求力のある商材をつねに考えていかないと成り立ちませんし、それは『FFXI』と相性がよくないですから。
アイテム課金が導入された『FFXI』は、あまり見たくないですね。
- 松井
それに、現在の『FFXI』のスピード感が心地いいという方もいます。ほかの最新のゲームも並行してプレイしつつ「ゆったりと時間が流れるMMORPGもいいな」と、いまのタイミングで『FFXI』に戻られる方なども多いです。
- 加藤
たとえば、これから新たに『FFXI』をプレイするという選択もアリなんですか?
- 松井
ベースとなるプログラムが20年前のものなので、どうしても直せない部分は多々ありますけど、見かたを変えると20年もの積み重ねがあるわけです。そこを前向きに受け止めてくれる人なら、新規でも楽しめるはずです。『FFXI』のゲームバランスも20年前とは激変していて、いまはレベル上げもサクっと行えたり、フェイスというNPCが共闘してくれたり、ソロで遊べる範囲も大幅に広がっていますので。
当時完遂できなかったミッションをソロで進める、といったこともできますね。
- 松井
ただ、MMORPGとしての姿形が20年前から大きく変わっているのは事実です。ですから、“現在の『FFXI』の魅力”をきちんとアピールするのが、近年の課題ですね。
いまでもヴァナ・ディールを象徴する“石の記憶”
これまでの『FFXI』のイベントやメディア取材等で、加藤さんが表に出られることはほぼありませんでした。主要スタッフにもかかわらず、ちょっと意外に思えたのですが……。
- 加藤
いまだから言える話なのですが、僕は『FFXI』のストーリーの原案を考えていたころから、遠からずスクウェアを退社することを決めていました。先ほど、3国の制作を各プランナーに任せたという話をしましたが、これも先々のことを考えて、“僕がいなくても滞りなく進行する体制を整えたかった”という理由も含まれていたのです。
なるほど。そんな理由があったのですね。
- 加藤
各プランナーは確かな腕を持っていますし、実際に仕上がったものを見ても、これなら安心して任せられると思っていました。それなのに、じきにチームを去る僕がしゃしゃり出ても、しょうがないなと。
- 松井
そうやって加藤さんが『FFXI』の未来を託したひとりである佐藤は、現在『蝕生のエンブリオ』のストーリーを手掛けています。もはや開発チームにとっては欠かせないメンバーですし、加藤さんの想いは実を結んでいると思いますよ。
- 加藤
佐藤さんもそうですが、木越さん(木越祐介氏。『FFXI』プランナー)や河本さん(河本信昭氏。『FFXI』プランナー。2代目ディレクター)も優秀なプランナーでしたよ。僕が『ゼノギアス』の開発チームに参加したとき、このふたりが新人として僕の下についたんです。最初のころはイベントを作るどころか、開発ツールを扱ったことすらなかったのに、すくすくと成長して、頼もしい仲間になってくれました。振り返ると、僕はとても部下に恵まれていましたね。だからこそ『FFXI』のストーリーを作り上げるという難題を、無事にこなせたのだと思います。
それではそろそろお時間となりますが、加藤さんにとって『FFXI』がどのような作品なのか、改めて振り返っていただけますか。
- 加藤
今回の対談に参加させていただいて改めて感じたのですが、誇らしい気持ちでいっぱいですね。日本においてMMORPGの前例がほとんどない中、とんでもない規模の開発プロジェクトが立ち上がって、そのど真ん中で関わることができました。また自分にとっては、従来とは違ったゲーム作りを勉強させてもらえましたし、そのサービスが20年経っても続いているのは何よりです。そして、現在の『FFXI』を率いられている松井さんに対しても感謝しています。
- 松井
僕としては、20年も前に始まった『FFXI』のサービスが、いまもちゃんと続いているのは、いちばん最初に加藤さんたちがストーリーや世界観をしっかり作り込んでくれたおかげだと思っています。もともと『FF』シリーズは大人向けに作る意識が強いですが、その中でも『FFXI』は輪をかけてストーリーがしっかりと作られていて、大人のエンターテインメントとしても耐えられる作りでした。少なくとも僕は大人向けだと思っていましたし、きっと加藤さんもそうでしたよね?
- 加藤
その通りですね。『FFXI』には国や種族の関係性など、シリアスな部分も多かったですが、そういった要素を盛り込んだストーリーも「プレイヤーに届くはずだ」と信じて作っていました。それが正しかったということを、いまの松井さんの話を聞いて、しみじみと実感しています。
- 松井
『FFXI』が登場したころの日本ではMMORPG自体が珍しかったですが、次第に他社も追従してきて、“たくさんあるMMORPGのひとつ”としてどんどん埋没してしまう可能性もありました。そうならなかったのは、やはり“物語”の力が大きいと思いますし、『FFXI』は、物語が根っこにあるからこそ、ここまで続けて来れたんです。
- 加藤
心が動く瞬間が多いと、それだけプレイヤーの記憶に残りやすいんですよね。バトルがおもしろい、ゲームとしておもしろい、という部分ももちろんそうですけど、加えてストーリーとしての感動があると、いっそう記憶に残るでしょう。そしてストーリーには、“プレイヤーの喜怒哀楽を動かす無限の可能性”があります。その意味では、ゲームだけでも、物語だけでも味気ない。“自分で体験して、ちゃんと物語の中を生きる”からこそ、余計に「ああ、よかった。おもしろかった」と感じられるのだろうな、と思います。
- 松井
まさに、加藤さんのクリエイターとしてのスタンスそのものですね。
- 加藤
ですから、『FFXI』の開発では本当にいろいろな経験をさせてもらいました。あのタイミングで関わることができて、本当によかったなぁ……。
よかったなぁと過去形にせず、今度は松井さんから追加シナリオを依頼しましょう(笑)。
- 加藤
いや、もうだまされたくない(笑)。
- 松井
せっかく加藤さんにお願いするのなら、追加シナリオではなく、まったく新しい『FFXI』の何かを作ってもらいたいですね(笑)。
ぜひ期待したいです。最後になってしまいましたが、加藤さんの近況もお聞かせください。
- 加藤
ちょうど去年の暮れから、僕が現在シナリオを手掛けている『アナザーエデン 時空を超える猫』で、『クロノ・クロス』とのコラボレーションを行っています。ありがたいことに、これの評判がかなりいいんですよ。『クロノ・クロス』のプレイヤーの方で興味があったら、ぜひ特設サイト(※)をチェックしていただけるとうれしいです。
※『クロノ・クロス』コラボ特設サイト それでは、対談の締めとして『FFXI』のプレイヤーに向けてメッセージをお願いします。
- 加藤
自分の中で『FFXI』を振り返るとき、“石の記憶”の唄が胸いっぱいに広がります。あの詞には、僕がヴァナ・ディールで作り上げようとした世界が象徴されているんです。そういった世界が、唄にもあるように“獣の叫びにも消されず”存在し続けている。そして、いまもヴァナ・ディールが多くの人に愛されている。こういったことを実感できるのは、ひとりのクリエイターとしてとても幸せなことです。いまも『FFXI』を遊んでくれている皆さんには、とても感謝しています。これからも、存分に楽しんでください。
石の記憶
伝説は、こうはじまる。
すべての起こりは「石」だったのだ、と。
遠い遠いむかし、
おおきな美しき生ける石は
七色の輝きにて闇をはらい、
世界を生命でみたし、
偉大なる神々を生んだ。
光に包まれた幸福な時代がつづき、
やがて神々は眠りについた……。
世界の名は、ヴァナ・ディール。
ああ、しかしいつしか
おおいなる災いが満ちる、
祝福されしヴァナ・ディールの地に。
何万年の長きにわたり
暗黒を退けていた古の封印がやぶられ、
終わりなき悪夢たちが、いま目覚める。
闇に覆われた悲劇の時代が幕を開けた。
しかし神々の眠りは醒めない……。
世界の名は、ヴァナ・ディール。
いま、罪なき血が流れる
ヴァナ・ディールの大地に
全世界が戦慄する災禍がため、絶望にのまれ
防げはしない、いかなる定めにも
とめられはしない、いかなる力にも
だが、嵐の夜を貫いて栄光の星が輝く
獣の叫びに抗いて歌の響きが湧きいでる
輝く星、鳴りわたる歌われらが夢と祈りよ
その星はあなたの星、その唄はあなたの唄。
そしていつの日かそれは、
わたし達みんなの夢となり、
祈りとなるだろう……。いつか、きっと。
おお、輝け、星よ! 響きわたれ、唄よ!
永遠を超えてさしのべられた手と手は
もう、放されることはない
もう、ほどけることはない
伝説は、こう終わる。
すべての起こりは石だったのだ、と。
遠い遠いむかし、女神アルタナは、
神の死を拒み、クリスタルの生命の輝きを
神に与えた。
クリスタルは砕け散り、
神は無数の「人」として生をつないだ。
世界の中心から光は失われて、
神の楽園は人の世界へと姿を変えた。
世界の名は、ヴァナ・ディール。